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2009年9月18日 (金)

「ゴルフ場は自然がいっぱい」

と聞いて、どう思いますか?「え、殺虫剤ばら撒きで、虫一匹いないんじゃないの」、「芝生と人工林で、どこが”自然”だよ」とか、「本来の森林を破壊しまくって、どこが”自然”だよ!」ってのが、多くの反応ではないだろうか?
私も漠然とその様に思い込んでいたのだが、問われて考えてみれば、農薬の使用規制だってあるし、建設に伴う開発(自然破壊)にもある程度の、規制がかかっている今、思い込みを白紙に戻して考えてみるべきではないかという問題ではないだろうか。
この問題に取り組んだのが田中淳夫氏 の「ゴルフ場は自然がいっぱい」(ちくま新書:ISBN978-4-480-06504-9)だ。著者の弁によれば、お蔵入りになりかけた企画であったが、インターネットの普及により自身のWEBサイトにて公開したところ、「出版して世に問うべき」と後押しされたと言う。もちろん、世間の関心が「環境保護・保全」というものに敏感になってきた事もあるだろう。
しかし、最初に取り上げた様に、ゴルフ場に対する世間のイメージや評価からすると、何とも刺激的なタイトルだと思うが、内容は決して「ゴルフ場礼賛」ではない。著者の強みである「里山に詳しい」事に基づいて、ゴルフ場と里山の関係から考察を進めている。

さて、大雑把に内容を記すと、まずは「ゴルフ場建設反対運動」の歴史について、ほぼ半分を割いている。これは'90年代におきた大規模な反対運動が、現在のゴルフ場に対する思い込みを醸成した大きな一因であるからだ。この中にはマスゴミの薄汚い「売らんかな」根性も記述されている。
まぁ、マスゴミの問題はサクっと流して(ホントは流したくないけど、本題から外れるので)、反対運動の動機の中で大きなウェイトを占めた「農薬」についての考察に入っていく。これを読むと「農薬」と一言で片付ける訳にはいかない大きな問題が隠されている事が判る。実際のところ、都市生活者の中で、農薬に対して正確な知識を持っている人はどれほどいるだろうか。私も含めて大多数の人は、マスゴミが垂れ流した危機感を煽る記事を鵜呑みにしているのではないか?
ただこのパートに関しては、少々の物足りなさも感じるところで、具体的な農薬の名前をあげている訳ではないところが気にかかる。もっともどういう読者層を狙うかで、どこまで掘り下げるかという問題との天秤である事は判るので、悩ましい部分であろう。できれば農業関係者や製薬会社関係者の証言もいれて欲しかった部分だ。
「ゴルフ場建設反対運動」の歴史と、「農薬」で3/4程を費やして、残りは「ゴルフ場と里山」の関係に入っていく。この中で著者は”環境破壊の象徴”と考えられていたゴルフ場が、里山再生の可能性を持っている事を指摘して行く。ただこのパートに関しては、私の意見は懐疑的だ。何故ならゴルフ場の経営者も、それを利用するゴルファーも、「地域社会への貢献」という意識は持っていないと思われるからだ。バブル崩壊までゴルフ場の経営陣は、ビジターを排除してきており、パブリック化しつつある今でも積極的に「ゴルフをしない人々」を呼び込もうとしていない。
著者は「小学生の姿を見ることは当たり前」と言うが、ゴルフ場が存在する中山間域で地元の小中学生にコースを解放するなんて話しも聞いた事はない。若いプロ選手が活躍している昨今を鑑みれば、地元の少年達の中から才能を発掘して育てるってのは、格好の地元密着の旗印だと思うのだが。
私自身はゴルフをやった事は無い。正確に言えば「コースでプレーした事は無い」で、練習場で玉を打った事はある。ただ、コースを歩いた経験はある。それはカナダへ旅行した時の経験で、現地のコーディネーターが自身が「メンバー」であるゴルフ場のカフェテリアを昼食の場に選んだからだ。その時の我々の格好は、日本のゴルフ場だったら入場を断られる様な格好だったのだが、全くのお咎め無し。またコーディネーターが「メンバー」だと書いたが、この「メンバー」は日本の「会員」とは異なり、ニュアンスとしては「出資者」に近く、ゴルフ場の経営方針に関して、相応の影響力を持つそうだ。そして各自が思い思いの料理に舌鼓をうっていると、支配人が挨拶に現れたので、片言の英語で「ゴルフはやらないが、コースの木陰でランチを食べられたら、楽しいだろう」と言ったら、「皆さん、ランチは終りのようだが、良ければコースを案内するよ」と、昼食後の散歩気分でコースを支配人自ら、案内してくれた。日本のゴルフ場では絶対に有り得ない事を片言で伝えると、小一時間に渡って熱く語ってましたよ。コーディネーターが訳してくれた分で印象に残ったのは、「ゴルフ場は地域の社交場であり、半公的な緑地である」そうな。「公的な緑地」でもあるからマナーさえ守れば、ゴルフをしない人でもウェルカムであり、プレーの邪魔をしない限りは、コース上でランチを食べても構わないんだって。”一所懸命”を遺伝子レベルで擦り込まれている日本人では、そこまでの度量は無いわなぁと思った経験だよ。

総括として著者は既存のゴルフ場に関して、「人工的に整備された緑地」と位置づけている様に感じられ、その例としてゴミ埋立地と足尾銅山煙害跡地に建設されたゴルフ場を取り上げている。冷静に考えればなるほど、確かにそういった面もあるなぁと納得も出来るが、その意見を全面的に受け入れるには、その敷地の一部でも良いから、ゴルフをしない人にも解放した実績が無ければ、感情までは受け入れ難いのも事実だ。この事は、「自然破壊の象徴」としてマスゴミに取り上げられても、明確な反論をしない(もしかすると、マスゴミによって意図的に握り潰されているのかもしれないが)「ゴルフ場業界」の姿勢が、疑心暗鬼を生んでいるとも言えるのではなかろうか。


昨今では、マスゴミが垂れ流す煽り記事やテレビ番組をみて、「環境保全活動」として里山整備に興味を抱く人も増えているときく。かくいう私の勤務先でも社会貢献活動として、「里山整備に参加したい」「興味がある」という意見が多い(アンケートの有効解答数の80%超を占めている)のであるが、本当に意義のある活動を行う為にも、本書と「割り箸はもったいない?」は必読の書だと思う。

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