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2009年12月31日 (木)

山小屋通信(12/31)

昨夜の雨は夜半に雪となり、5cm程積もっており、降り止む気配なし。薪ストーブに火を熾して二度寝を決め込んだが、なぜか寝付けず仕方なく起き出す。
コーヒーを淹れて外を眺めるも、雪が止むもので無し。

午前一杯は停滞を余儀なくされるが、午後になって止み間が顔を覗かせるので、薪狩り出かけた。
最初のポイントで風倒木の回収作業を終える頃、風雪が強くなり第二ポイントへ移動。しかし、こちらでは風が強くて作業の危険性が高く、あえなく撤収。
伐採木の回収が見込める、第二ポイントへ向かうがこちらも降りしきる雪の為に、あえなく撤退。無理を押せばと脳裏を過るけど、回収許可無しのゲリラ行動だからねぇ。無用のトラブルを招きたく無い。

Cimg2105
妻が装備の中に潜ませた正月飾り。クリスマス・リースを回収して付け替える。
正直なところ、「こんな事している場合じゃ無い」って焦りがあったけど、今日の悪天候は予想の範囲だし、明日も似た様なものだからね。その意味では心の余裕は有ったというより、十分有り過ぎたかもだ。


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2009年12月30日 (水)

うっわ〜

ついさっきまで、わりと大粒の雨だったのに、今は雪にかわった。林道は路面真っ白。

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山小屋通信(12/30)

早めに出発しようと思ったのに、雑用を片付けてるうちに、お昼過ぎ。ついでに飲料水用のポリタンクも忘れた。忘れ物に気付いた時点でかなり動揺したけど、給水用のペットボトル(2.7L/本)が四本もあるから、なんとかなるでしょう。今回は水を無駄遣いする妻もいないしね。
道中も食糧を買いに行けば、買い物客でごった返しており、通路を塞ぐおばはん多数な上に、レジは長蛇とは言わないが、一件辺りの買い物量が多いので渋滞気味。更に給油に向かえばスタンドは長蛇の列、普段は閑散としてるくせに、「今日に限って」な状態。

山小屋入り口で気温は0度と、意外に冷えていない。が、明日の予報では、最高気温で-3度の真冬日予想。
お風呂から帰って来てから雨となったが、寝る前に外を覗いたら雪景色だった。

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ちょっとそれは無いんじゃないの?

山小屋周辺のピンスポット気象情報として「飯田国道事務所」のライブカムを利用していたが、今年の春からサーバーがダウンしたままだったので、国道153線沿いのブロガーの方々(左サイドバーのリンクカテゴリー「お気に入りの店)参照)の記事に頼って来た。
その中でも「まつのやのつま」さんの定点観測や、「ひまわり日記」さんの通勤情報はリアルタイムではないのだけれど、現地の状況を推し測るうえで貴重な情報だ。
その「まつのやさんの記事」によれば、昨日の夕方に大規模な多重衝突事故が起ったとある。でまぁ、こちらのブログを読んで、表題の感想を抱いた次第。

”怖いのは凍結した下り坂。
特に標高が高いわけではないけれど、急に凍結した部分が現れます。”

へっ?事故が発生した場所って、十分に標高は高いと思うんですけど。現地を確認していないので正確さには欠けるけど、「まつのやのつま」さんの記事にある”ネバーランドを過ぎたの下り坂で”の場所は、道路の線形から見て山小屋への近所、根羽村高橋地籍と折山地籍の境、現道と旧道の合流地点近辺と思われる。コの場所はS字カーブを描きつつ、平谷方面から見て下り坂から上り坂に勾配が変化する場所。それも登勾配が意外に急で、無積雪時でも車が詰まり易い場所だ。

ころりと話は変るが、国道153号線を走っていると通年を通して、天候が極端に変る”特異点”
とも言うべき場所が存在し、それに挟まれた区間は前後の区間と比べて悪天候になる。愛知県側から見て根羽村横旗地籍、「信玄塚」付近から始まり、飯田側では旧浪合村と阿智村境付近の初沢トンネル付近で、この両地点に挟まれた区間における気象条件は、山岳道路そのものだ。
ではなぜ、そこまで気象条件が厳しくなるかというと、標高が高いからに他ならない。

・根羽村役場前 標高580m
・根羽村信玄塚付近 標高720m ←特異点
・赤坂峠付近 標高970m
・道の駅平谷 標高910m
・浪合トンネル南側 標高1010m
・初沢トンネル付近 標高850m ←特異点

以上は1/25000地形図から拾い出した大まかな標高だ。前段で「特異点」とした地点は標高700mを越えており、それらに挟まれた区間はこれより低い高度には下りない。


気象に興味がある人なら「露点高度」という用語をご存知であろう。高度が上がれば気温は下がって行き、大気中に保持出来る水蒸気量はそれにつれて下がって行く。水蒸気の状態を維持出来なる気温に達した標高が「露点高度」だ。本来なら露点高度は大気の状態によって変動するものであるが、不思議な事に悪天候に限って言えば、地形要因と絡んで特定の標高で現れる事が有る。観点望気にある「○○山に雲がかかれば、翌日は雨」って奴だ。
先に上げたリストの中で「特異点」とした地点の標高が、まさに「○○山に雲がかかれば」の標高にあたる。この地域、特に根羽村側は、三河湾から吹き込んだ湿った気流が、収束し易い地形に有って年間の降水量が馬鹿にならない値になり、冬場においても日本海側で低気圧が発達するのと同時に、大陸の寒気が流れ込めば、ドカ雪になる地域なのである。

個人的には中京方面からこの地域に遊にくる人々は、冬季の国道153号線の気象条件を舐め切っていると思う。昨今はこれに「ETCなら休日、\1000で乗り放題」も加わり混乱に拍車をかけている状態であるが、だからこそ地元からの情報は正確に願いたいと思う。冬場の重要な観光資源であるスキー客を逃したくない気持ちは、判らなくないもではあるが、あまりにも能天気な記事を見るとねぇ。
少なくとも「主観に基づく楽観表現」は厳に慎むべきじゃね?


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2009年12月29日 (火)

”引きこもり”な年の瀬

昨日の朝に急遽、年休と決めたので、とりあえず普段の寝不足を解消すべく、睡眠を貪った。
昼過ぎに目覚め、遅めの昼食を食べたりしつつ、WEBのニュースサイトを読んだり、本を読んだりとして過ごしていたら、夕方になって妻が「炊飯器を買いに行く」と言い出す。
昨日のエントリにあるように、メインの炊飯器が壊れ(予約炊飯ができない)バックアップの炊飯器では、まともな飯が焚けないという状況なので、否もなく家電量販店へ向かう。近所のダイエーにも家電量販店が出店しているのであるが、妻のご指名は別のお店。多分品揃えが良く無かったんだろうね。ところが家電店へ向かう途中で「カレンダーを買いたい」と言い出した。だったら早く言えよぅ。向かっている家電店の周辺でカレンダーを扱っている店っつたら、ダイソーしか無いぞ。
「\100均のカレンダーなんて嫌っ!」とのたまう妻だが、実用性で見れば十分なんだがなぁ。仕方がないので自宅を挟んだ、反対方向にある量販書店へと向かう。ここに来るなら家電店も近くの店にしたんだが。

一日を無駄にした感じも否めないが、おかげで気力の充填100%、明日は早めに山小屋へ出かけるとしよう。

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2009年12月28日 (月)

弁当

今日の弁当、ご飯の半分以上を残した。残した理由は一言。「まずい!」
勤務地が遠くなって早起きを強いている妻には申し訳ないが、劇的に不味かった。普段だったら帰宅して真っ先に文句がでただろうが、買い物をしていて遅くなった事もあり、切り出すタイミングを逃したのだが、夕飯の席で妻から「今日のご飯、不味かったでしょ?」と切り出された。
妻によると、今まで使っていた炊飯器で予約炊飯が出来なくなったので、一時期であるが山小屋で使っていた三合炊きの炊飯器を使ったのだそうだ。実はこの炊飯器、私が散々工夫をしたものの、まともにご飯が焚けなかった代物で、どれだけ工夫しても美味しく炊き上がった事が無いという代物。とある故人所有だったものを譲り受けたのであるが、炊き上がりのあまりの不味さに、封印したものだったのだ。
正直なところ、炊飯には若干の自信がある。なにせティーンエ-ジャーの頃には最低でも毎月一度は、飯盒炊爨をしており、兵式飯盒で「底一列がキツネ色」なお濃げになるように炊き上げる事、それも「焚き火」で出来るように仕込まれているのだ。実際、山小屋の熱源が薪ストーブに切り替わった時に、炊飯土鍋でご飯を焚いたら、普通に美味しいご飯が焚けたのだから、どう考えても炊飯器が役たたずであるとしか判断のしようがない。

ただなぁ、炊飯器に関しては前々から「買い替えろ」って妻には言ってたんだよね。もう二十年以上使っていて、パッキンもボロボロなのよ。「美味しいご飯」が食べたいから早く炊飯器を買い替えてね。


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2009年12月25日 (金)

週末の予定

今週末は悩みどころ。先日に塗装を行った自宅玄関ドアへの、二度塗をしたい気もするが、山小屋の様子も気にかかる。お天気の方が明日(土曜日)は午前中に雨が降りそうで、雨が上がったら冬型が強まり、北西風が強くなりそう。塗装を行うにはできれば風が穏やかな時が良いんだが。
山小屋の方は、先日の寒波で降った雪が、そろそろ締まってくるころだから、”雪のおかわり”が来る前にラッセルしておきたい。次の寒波は”年越し寒波”になりそうなので、三十日に山小屋入りすればなんとかなりそうでもあるが、塗装に適した天候は三十日頃・・・・・悩む。

話は変るが、帰宅途中で「投げ売りのクリスマスケーキ」を狙って、いくつかお店に立ち寄ってみたが、時間が早すぎた所為かどっこも投げ売りしてなかった。やっぱ不況故なのか、お店も売れ残るほどは在庫しなくなったんか。
そう言えば昨年も似た様な事を考えて探し回ったが、ケーキよりも高級スイーツなるものを扱うお店の入りが良かったっけ。


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2009年12月23日 (水)

玄関ドアの再塗装

今年の春頃から玄関ドアの塗装の痛みが気になってはいたのだが、週末山小屋通いの忙しさを言い訳に、のびのびになっていた再塗装。週中の飛び石祭日になった本日、塗り替えを実施した。
ちょっと気になって前回の塗り替えを調べたら2003年のゴールデンウィークにやっているんだ。って事は六年ぶりって事かよ?

必要な道具や資材は準備してあるので、腹ごしらえをしてから作業開始。まずはサンダーでニスの残滓を削り取って行く。サンダー用のヤスリは荒・中・細目の三種類とスチールウールをたっぷりと用意してあるので、削り味が落ちたら速攻で交換。おかげで結構なペースで作業は進むが、削粉が凄い事になっている。ついでにサンダーで冬眠していたカメムシが数匹いて、排気口からカメ臭が・・・・・
戦意を挫かれつつも一時間程で粗削りを終えて、コンプレッサーでざっと削粉を吹き飛ばす。続いて中目で削って素地を整えていくが、表面の手触りから細目とスチールウールは不要っぽいので省略。今回使うニスはウレタンニスなので、通常のニスと比べて塗膜が厚くなると予想され基材への食いつきを考えると、素地はあまり滑らかに仕上げない方が良いとの判断。
旧い塗料の剥離と素地調整を終えて、削粉を掃除して一休み。煙草を吹かしながらマスキングの段取りを考えるが、白状するとマスキングは苦手なんだよねぇ。一応マスカー(テープにビニールのひらひらが一体になった奴)とマスキングテープは用意してあるんだけど。
ぐだぐだ考えても先に進まないので、ガラス部分からマスキングを始めてみると、意外な事にそこそこ奇麗に真スキングできるじゃないの。山小屋の作業でマスキングなんてやった事無いのに、なにかの作業経験が生きているらしい。それでもマスキングは手間仕事なんで二時間位かかったかな?今日は風もなく穏やかな小春日和だったものの、気がつけば雲が張り出して日差しが無くなり寒くなり始めている。時計をみると15:00時近くになっており、急がないと日が暮れちまう。

なんとかマスキングを終えてニスを塗り始めるが、ウレタンニスって伸びが無い。伸びが無いって事は「塗り斑」に繋がる訳で焦りで顔が引きつって来る。塗料缶の注意書を確認すると「寒い時は伸びが悪くなるので温めろ」といった趣旨の注意書があった。そっか、クルマのラゲッジで夜明かししたから、冷え切って粘度が高くなっちゃってるのか。しかしどうやって温めるか?逡巡はあったものの、バケツにお湯を張りそこへ塗料缶ごと漬け込んだ。
すぐには温まらないだろうから、撹拌しつつ30分程の中断。なんとなく手応えが「柔らかくなったかな?」ってところで作業再開。この頃から予報には無かった雨がポツリポツリと降り出し、辺りに散らかっていた資器材の片付けに追われる。
なんとか日没前に塗装を終えて、片付けまで終えましたがな。とにかく時間に追われたので写真は一切無し。


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2009年12月22日 (火)

国道153号線 根羽村高橋(序)

Cimg2101国道153号線。山小屋への林道入り口から、根羽方面を。

1993年6月のある日、国道153号線を飯田方面から走って来た私は、この光景を見て驚いた。
「いつの間にこんな高規格道路になったん?」
確かにこの道を走るのは久し振りであったが、80年代には影も形もなかったはず。88年12月に「あららぎ高原スキー場」が開設され、混み合う「治部坂高原スキー場を避けて通っていた頃にはなかった筈。そしてこの高規格道路は根羽村の中心地まで続いていた。
この道を通る度に「開設されたのは何時だろう」という疑問が頭を過ったものの、取り立てて重要な情報でもなかったので十年以上放置してきたが、ふと思い立って写真に写っている小さな橋を調べてみた。
一般に道路を構成する建築物のうち、橋梁やトンネル(隧道)洞門など、特徴的な構築物には竣工年月日を記した額がある。これを確認すれば最低でも「竣工年月日」位は判るはずだ。

Cimg2096
ガードレールが欄干代りという素っ気ない仕様であるが、歩道のフェンスに銘板があり橋の名前は「島ノ谷橋」と判明。
しかしこの名前、どういう謂で命名されたんだろう。一般に橋の名前となると掛け渡す川の名前から取られる事が多い。若しくはその橋が存在する地籍が由来となるんだけど、地図を見ても「島ノ谷」なんて地名は見つからない。もしかするとこの橋が跨いでいる沢の地元での呼び名が「島ノ谷」なんだろうか。

しかし「竣工年月日」を記した銘板が見当たらないなぁと、きょろきょろ。最近の高規格道路の橋に多いのだが、欄干も無ければ親柱も無い橋の場合、銘板は橋桁に設置されている事も多く、これもそんなケースかと思いきや、意外な所に有りましたがな。
Cimg2099
なんと車道に埋め込まれていた!
リサイズしてあるので読み難いが、「建設省 1990年9月完成 赤石道路建設共同企業体」と刻まれている。

橋梁の「完成」や「竣工」の基準については寡聞にして知らないのだが、”道路としての共用開始”はそれらより後になる程度の知識はある。しかしこの橋を含めて前後の区間における大規模な土木工事を考えると、89年のスキーシーズンに私はこの道を走っていなかったて事か。いや待てよ、スノーボードを始めたのがパラグライダーと同時だったので、91年シーズンだから90年シーズンはまだまだスキーに熱中していたはずだ。という事はこの橋が完成してからも走っているはずなんだよなぁ。
私jの記憶違いというケースを除けば、まず橋梁は完成していたが旧道からの付け替え工事が91年の無積雪期に実施されたというケース。1984年に「遭難」の二文字に脅えながら阿智村七曲りを下っていた時、現道のトンネルや橋梁の姿を目撃しているが、道路の付け替え工事が進んでいる様に見えなかった。しかしまつのやさんのこの記事では
”昭和58年10月に国道153号線が改良され、車で2時間以上かかった飯田市も40分で行き来できるようになりました。”

とあり、昭和58年に25を足せば1983年ってオイ!83年10月に現道が開通してりゃ、楽勝で松本まで還れたってぇ~の。(笑)
多分、引用した記事中の年号は昭和59年10月の間違いでしょう(絶対の自信有り)。雪が融けて現道のトンネルや橋梁への付け替えこうじが行われ、10月に目出度く共用開始と考えれば合点が行くし、このスケジュールを根羽~高橋区間に当てはめれば「島ノ谷橋」の工事に気付かなかった事も納得できる。

「納得できる」理由については、次回に紹介したいと思う。実は本稿の構想を練り始めてから、「あそこの写真もいる」「ここの資料も」となって来ちゃってるんだよね。
今回取り上げた「根羽村高橋地籍」部分だけでも、旧道の話しもあるし陣場橋や陣場洞門も絡んで来るしで、これに歴史まで絡めれば取り留めなく話が広がって行っちゃう。
まぁ、この区間の話を纏める間に、適度なスタンスが定まってくると思うので、お付き合い下さい。


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2009年12月20日 (日)

山小屋通信(12/20)

この秋に今の職場に異動になってから、一週間の疲れが抜けていないせいか、山小屋での目覚めが悪い。今日は特に遅くて寝床を這い出したのは10:00時寸前。身仕度を整えて道の駅に行くが、雪の所為か温泉が休業の所為か、駐車場はガラ~ンとして寂しい限り。

山小屋へ戻り、除雪作業を開始する。庭のライフラインは妻に任せて、私は林道の除雪。これは何もボランティアではなく、除雪車対策なのだ。今朝の積雪程度であれば、まっとうな冬支度させしていれば、2WDでもスタックする事無く上がってこれるのだが、現在の倍の積雪になると盗用多のなんちゃって4WDなぞは上がれなくなりスタック続出となり、除雪車が出動してくる事になる。そうすると路肩に氷りの壁が築かれてしまって金属スコップで切り崩す羽目に陥るのだ。そこでこの”氷の壁”を少しでも小さくする方法はというと、「向こう三軒両隣」の除雪をやっておくと言うことになる。更に除雪車のオペレーターに「雪捨て場」を示唆する事も重要になってくる。午前中は除雪作業で終了。

午後は「kitchen stove」へパンを買いに行ったあと、薪狩りの偵察に出かける。先週に見つけた風倒木まで行けるかどうかだが、吹き溜りになり易い場所も難なく通過できたので一安心。次に国道沿いの伐採現場も偵察してみると、積雪はさほどでも無い事が判明、こちらもいけそうだ。

山小屋へ戻りゴミ燃しを始めると、それまではチラチラだった雪が、はっきりと降り出したので本日の撤収をコール。「天皇誕生日」が水曜でなければ、有給を絡めて三泊出来るんだけどな。いや”りぞぉともぉど”なら二泊でするだけでも十分な余裕だよ。


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2009年12月19日 (土)

山小屋通信(12/19)

早めに出発するつもりが、雪の所為もあって朝寝坊。お昼過ぎに自宅を出発。
道中は、伊勢神隧道を越えると、路面にシャーベット状の雪が現れ、稲橋の信号まではのろのろ運転を強いられる。
Cimg2104
SPAR根羽村店(住岡屋商店)の駐車場にて。
積雪はさほどでもないが、シーズン初の雪道走行なので、緊張を強いられる路面状況。

山小屋を一旦通り越して、平谷の酒屋「まつのや」さんへ。女将のあっこさんにお願いしておいたワインを買いに行く。甘口と辛口をそれぞれ一本ずつ購入し、こんどは治部坂の「kitchen stove」さんへ、これまた予約して置いたシュトーレン(ドライフルーツ入りパンケーキ)を受けとり、やっとこさ山小屋へ。
大方は冬季仕様に装備転換してあったが、人間のタイヤを転換し忘れていて、入り口までの除雪で危うく、すっ転びそうになったぜい。荷物を運び込み、駐車スおエースをクルマでラッセルしてから、薪ストーブに火を入れる。外気温は氷点下4度と冷え込んでおり、小屋の中もシンシンと冷えている。
早めにお風呂へ行っても良いのだが、日暮れまでは時間があるので除雪作業を行う。とりあえず小屋の入り口周辺と道路端そして薪棚までを除雪しておいた。

いつもの「ひまわりの湯」が長期休業中なので、今週もお風呂は売木村の「こまどりの湯」へ。キューシキでは初めての雪中走行なうえに、今シーズン初の雪中走行な上に、売木村へは平谷峠(1160m)を越えなきゃならない。この峠、平谷側はさほど勾配が急ではないのだが、売木側は一気に300mほど高度を駆け下るので、トラックであるキューシキにとっては後輪荷重が不足しがちなので緊張を強いられる。それに対向車がまっとうな冬装備をしているとは限らないシーズンの初っぱなということで、「カーブを抜けたら横向いたクルマが、通せんぼ」なんて可能性が十分に考えられる(帰路、”通せんぼ”まではいかなかった、それに近い状況はあった)。

温泉でゆっくりと温まり、NHKの気象情報を確認してから山小屋へ戻り、雪景色を眺めながらの鍋パーティ。例年はは骨つき鶏腿肉のローストチキンがメインディッシュなのであるが、今年は一泊という事と温泉への往復に時間をとられるという事で、冬季定番メニューの豚しゃぶでの「くりますでぃなぁ」なのである。
温かい鍋と美味しいワインでほろ酔い気分で窓の外を見ると、夕方から降り出した雪がシンシンと降り積もっていた。


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2009年12月16日 (水)

新カテゴリー「道の記憶」

週末の山小屋暮らしも七年目に突入し、大物仕事も一段落(内装を早く片付けろの意見も有るが)してきたので、”遊び”のネタを仕入れ様と出会った、廃道コンテンツサイトの数々。
若かりし頃には廃道を追いかけた事もあるけど、今の体力や自身を取り巻く状況からすれば、「廃道」ネタは覚束ないが「旧道」ネタならなんとかなるかな?
なんて思いつきで新カテゴリー「道の思い出」を追加。

尤も思いついた切掛けは、山小屋へ通う際に利用している、国道153号線や買い出しに利用する国道418号線の取り上げられ方に、ちょっとした違和感を覚えたから。というか「酷道」に対するスタンスの違いってのかな。
WEB上に数多有るコンテンツは、どれも精力的に取材されているし、「酷道」や「廃道」になった理由まで突っ込んでいる、資料としても価値の高いものも多いのだけど、なんていうか「生活」の視点が掛け落ちている気がするんだよね。
私がハッキリと「酷道」というものを意識したのは、忘れもしない1984年1月3日、国道153号線を愛知県足助町(現 豊田市足助町)から長野県飯田市へ向かって走った時。3日の昼頃から降り始めた雪は、時間と共に激しさを増し、足助を出発してからは前走車の轍すら覚束ないといった気象条件に加え、長野県阿智村七曲がりでは吹き溜りが連続して、いつスタックしてもおかしくない状況に「遭難」の二文字が、脳裏を過った時だ。そして、そんあ状況で出会った、平谷村とはその十年後以来、いささかの中断期は有るものの、足しげく通う事になった訳で。
現在の国道153号線しか知らない人にとっては、「”遭難”なんて大袈裟な」と感じるであろうが、当時の道路事情なんて酷道なんて掃いて捨てるほど、あったですよ、あちこちに。というか、現代の基準から見ると「酷道」と揶揄される道路は地方の山岳地を中心に「普通に」存在しており、そこで生活していた人々が居たわけで、当時の私もその一人だった。

そんなこんなで、私の体験をベースに「道」を紹介しようと思い立ったのは、試しに国道153号線の歴史をッグってみて驚いた。中山道の脇往還といて江戸期に栄えた街道であるにも関わらず、そして戦後の燃料革命までは中京圏への木材・薪炭材の供給路であったにも関わらず、WEB上ではろくな記事が無い。酷いケースではろくな考証もなしに「旧道」として紹介されていたりするに至っては。
ま、偉そうな事を書いてみても、個人でどこまで検証できるかは判らないが(ろくな記録も手元に無いし)、「思い出の道」を書き綴ってみようと思う。


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2009年12月13日 (日)

山小屋通信(12/13)

雲が多目だが、風が無いので結構暖かい。

Cimg2094平谷のスキー場の様子。
12月も半ばだというのに、スノーマシンの前にしか雪が無い。今では珍しくもないスノーマシンだが、隣村の阿智村浪合地区(旧浪合村)にある治部坂高原スキー場は、全面人工降雪機による営業を前提とした、国内初のスキー場(人工降雪機の導入は志賀高原が初)として知る人は知るスキー場であるが、ここ平谷高原スキー場はバブル華やかりし頃のスキーブームのさなかにオープンしたスキー場である。
ちょっと、シュールな光景なので、写真を撮った次第。

午前中は薪狩りに出かける。林道沿いを注意深く見て行くと、道端に小枝を積み上げた跡がある。これが目印だ。ただこの時期、キノコの原木用に伐採されたものもあるので、そういうのはまずい。ある程度樹肌で目星がつけられないとね。
収穫は薪にすれば前回の収穫と合わせて、薪棚の1/4位にはなりそうだが、直径が15cm級が六本程確保できたので、これはナメコ用に温存しようかと迷うところだ。他にも時間が無いので手を付けなかったが、林道の支線で風倒木を発見。

午後は薪割りで時間を潰す。冬場は夜駆けではないので作業にあてられる時間が、どうしても中途半端になるのがネックだなぁ。午後から雲が張って来て今にも雪がちらつきそうな雰囲気だったが、気温はそこまで冷えていない。週明けから寒気が南下してkると言うのが嘘みたいに感じる週末だった。


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2009年12月12日 (土)

山小屋通信(12/12)

午前中にタイヤ交換をすませてから、山小屋へ出発。

先日、紹介した「山さ行がねが」の影響という訳でも無いが、R153号線の旧道跡を確認しながらのんびりと。

荷物を降ろして真っ先にキノコを確認すると・・・

Cimg2084ナメコがびっしり、おしくら状態。
傘が開いたものを中心に収穫し、今夜の鍋の具に。
例年ならば、とうに凍てついているのに、今年は11月頭の冷え込み以後、暖かいので発生している様子。

Cimg2088シイタケもこの通り。
っていうか、これまで秋には殆ど発生しなかったんだけど、今年は小さいながらもなんとか収穫できている。
採りたての原木シイタケは、歯ごたえの良さも魅力だけど、香りがとっても良い。

Cimg2090「小さい」なんて言ってたら・・・・
団扇」になっちゃった奴が!

温泉から帰って来たときに、空を確認したら奇麗な星空だったので、双子座流星群を観ようと思っていたけど、睡魔に勝てずに轟沈。


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兵装転換完了

零式多目的輸送車(インプレッサ)の兵装を、冬季野戦装備へ変更。
タイヤ外径が、標準より大きくなるので、地上高が上がりラリー車ぽくなって、ちょと嬉しい。

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2009年12月11日 (金)

記憶の中の道

ここ最近、ブログの更新が滞ったままだったのは、「山さ行がねが」こちらのサイトに嵌まっていたから。
いや、山小屋ネタを考えていたら、どうしても国道153号線旧道のデータが欲しくなって、ネットを彷徨っていた訳ですな。したら多分「旧道」で引っ掛かったと思われ、むかぁ~しに夢中になってた、林道やら廃線(当時は森林鉄道がターゲット)マニアの血が騒ぎ出しちゃった。

何でまた旧道のデータを必要としたかと言うと、現在の山小屋がある長野県下伊那地域との出会いに関りが有る訳で、今を遡る事二十五年程前(昭和58年、豪雪の年だった)の正月明けに、大雪の中を愛知県足助町から長野県飯田市まで、国道153線を走った事からだった。
実はR153とはその日初めて通った訳では無いが、自分でクルマを運転してという意味では初めて(しかも大雪)であり、その時に見た光景は今でも鮮明に思い出す事が出来るのだが、それでも記憶が曖昧な部分もあり、それを補完するデータが欲しかったんだよね。

生憎な事にR153に関しては、伊勢神トンネルネタしか見つからなかったのだが、幸いな事に国土交通省国土計画局のサイトにて、航空写真画像情報の検索・公開がなされていて、必要なデータを手に入れる事が出来た。

話は戻るが、先に紹介した「山さ行がねが」は相当に根性が入っていると思うが、旧道あたりで検索してヒットしたサイトを閲覧していると、「ちょっと酷道だのって、煽り過ぎなんじゃね?」と首を傾げる内容もあったりする訳で。
特に中部圏は褶曲山脈が豊富に有る事から山容も峻険なものが多く、道路勾配も強くなりがちな上に、道路幅が狭い事が多いのだが、「離合(すれ違い)出来ない」なんてケースは然程に多いと(少なくとも生活道路に関しては)感じた事は無いってのが、私の経験なのだ。もちろん、大型車両同士では非常に困難というケースはあるものの、乗用車で困り果てた経験は無いんだよなぁ。
まぁ、今後は「思い出」のある道を少しずつ紹介して行くつもり。


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2009年12月 7日 (月)

山小屋通信(12/6)

快晴とはいかないものの、雨の心配は無い。しかし北風が冷たいなぁ。

今日の作業は、ガーデンシェッドのトイレドアの付け直し。照明のスィッチの配置から決定したドアの開き方向だが、雨の日の使い勝手が悪いんだよね。
まずはドアを外してドアノブ等を外し、鏡板代りの合板を外す。合板と框を入れ換えてビス止め。この時、先日届いた新品バッテリーで作業したが、回転力は全く衰えない。ストレスを感じる事無く作業が進む。
ドアノブを取り付ける段になって、ノブのシャフトとラッチが噛み合わない。合板の位置を入れ換えた事で、ラッチ位置がズレた為だ。う~ん、どうやってリカバリしようか。とりあえず木工ドリルをストレートビット代りに見立てて、ラッチ穴を削ってみたがこれは効果無し。暫く悩んだ末にジグソーで切り込みを入れて、鑿でこ削ぎ落としてみたら、これが巧くいった。ドアを組み立てて吊り込みしたら、下側がドア枠と擦れてスムーズに開閉出来ない。と、些細ではあるがトラブル(っちゅうよりトラップだな、こりゃ)が続く。

ここでお昼時でもあるし、妻の命令でパンを買いに行かなきゃならんしで、昼食休憩。昨夜の鍋に生ラーメンをいれて「キムチ味キノコラーメン」にしたのだが、これが大失敗。買って来たラーメンが不味いのなんの。速攻で麺を鍋から駆逐し、冷凍ご飯を解凍しておじやに仕立て直しましたがな。

パンの買い出しから戻り、ドアの手直し開始。框枠には余裕があるので、下端を切り落とせば良いのだが、鋸刃が届かん。いろいろと斟酌するが「え~い、やっちまえ」と切ってみると、「切る」ちうより「削る」だね。これなら電動カンナの方が早い。下端を合板に合わせて削ったところ、スムーズに開閉できるようになった。
残り時間が中途半端だが、先週も中途仕事があったので、丸太を玉切り。キューシキの荷台に積みっぱなしだった四本を玉切りして、チェンソーのメンテナンス。最近、老眼が進んで目立てがし辛い。ヤスリ掛け自体は問題無いのだが、その結果を確認する時に見え辛いのよね。虫眼鏡が必要かなぁ・・・・


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2009年12月 5日 (土)

山小屋通信(12/5)

天候を考えると、昨夜に移動すべきだったが、今週は単独行なので、昼前に出発出来るはずが昼過ぎに。夕飯の仕入れもあるっちゅうのに、何やってんだか。

夕飯のメニューは、単独行ならば焼き肉が手っ取り早いが、お腹の調子を考えて、いつもの鍋に落ち着いた。ところがいつも使っている鍋は、自宅に置き去り。以前に買った一人用鍋は「はて、山小屋にあったかな?」状態なので、一人用土鍋も合わせて調達。

山小屋へ着くと時間は既に17:00時を回っており、急いで荷物を降ろすと温泉へ。ただし、いつもの「ひまわりの湯」が、先週から改修工事で休みな為、売木村の「こまどりの湯」へ。今日は凍結の心配は無いが、凍結が始まると峠越えはちょっとしんどいかな。治部坂の「宿り木の湯」の方が近いんだけど、「温泉」って趣が薄いし湯温が高いので、ゆっくりと浸かって居られないのがネック。

温泉から戻って夕飯の準備前に、ホダ場をチェックするとナメコがまた発生しているので、食べる分だけ収穫。シイタケも食べごろのものを収穫。いつもなら既に凍結状態なのに、今年は長く愉しめて嬉しいなぁ。


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2009年12月 3日 (木)

徒然・・・

雨予報だったにも関わらず、行き帰り共に通勤時間帯だけは、雨に降られずラッキー。子供の頃からの野外活動経験のおかげで、手荷物はできる限り減らしたいので、荷物の中で「傘」は真っ先に”持ち歩きたく無いアイテムNo1”として削られる運命に有る。本当はビジネス・スーツも切り捨てたいアイテムでもあるんだよねぇ、防寒・防暑性能なんて欠け片も無いし、汚れたり敗れたりしちゃいかんと、うざったい制限が大杉。

今朝の健康診断を終えた後、会社までの1.5km程を歩いてみたのだが、一宮市って市街地に神社が沢山あるなって印象で、市名にもなった「尾張一の宮」たる清田神社(ますみだじんじゃ)を始め、”鎮守様”と思しき中小の神社が五社ほどあった。
日差しがあれば良い散歩になっただろうが、生憎の曇り空の上に風が冷たく、コートを着て来なかった事を、ちょっと後悔。


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2009年12月 2日 (水)

さむっ!

日中は日差しで暖かかったものの、朝の出勤時は寒かった。昨夜は放射冷却で冷え込んだみたいだ。

帰宅してメールをチェックしたら、月曜日に発注したバッテリーを、発送したとの案内メールが届いており、着荷予定は明日(木曜日)との事。「月曜発注」と言っても、帰宅後の事だから実質的には「火曜日の朝一」の受注な訳で、中一日で(それもメーカー取り寄せ品)とは早い!
こりゃ、週末は真面目に仕事をせにゃならんのだが、天気予報は二転三転して目処が立っていない。現状では土曜日に雨の可能性が高いのだが、雨の降り出しと上がるタイミングがねぇ。二日ともに降雨の心配が無ければ、自宅の階段デッキ用の刻みもやりたいところなんだけど。


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