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2009年12月11日 (金)

記憶の中の道

ここ最近、ブログの更新が滞ったままだったのは、「山さ行がねが」こちらのサイトに嵌まっていたから。
いや、山小屋ネタを考えていたら、どうしても国道153号線旧道のデータが欲しくなって、ネットを彷徨っていた訳ですな。したら多分「旧道」で引っ掛かったと思われ、むかぁ~しに夢中になってた、林道やら廃線(当時は森林鉄道がターゲット)マニアの血が騒ぎ出しちゃった。

何でまた旧道のデータを必要としたかと言うと、現在の山小屋がある長野県下伊那地域との出会いに関りが有る訳で、今を遡る事二十五年程前(昭和58年、豪雪の年だった)の正月明けに、大雪の中を愛知県足助町から長野県飯田市まで、国道153線を走った事からだった。
実はR153とはその日初めて通った訳では無いが、自分でクルマを運転してという意味では初めて(しかも大雪)であり、その時に見た光景は今でも鮮明に思い出す事が出来るのだが、それでも記憶が曖昧な部分もあり、それを補完するデータが欲しかったんだよね。

生憎な事にR153に関しては、伊勢神トンネルネタしか見つからなかったのだが、幸いな事に国土交通省国土計画局のサイトにて、航空写真画像情報の検索・公開がなされていて、必要なデータを手に入れる事が出来た。

話は戻るが、先に紹介した「山さ行がねが」は相当に根性が入っていると思うが、旧道あたりで検索してヒットしたサイトを閲覧していると、「ちょっと酷道だのって、煽り過ぎなんじゃね?」と首を傾げる内容もあったりする訳で。
特に中部圏は褶曲山脈が豊富に有る事から山容も峻険なものが多く、道路勾配も強くなりがちな上に、道路幅が狭い事が多いのだが、「離合(すれ違い)出来ない」なんてケースは然程に多いと(少なくとも生活道路に関しては)感じた事は無いってのが、私の経験なのだ。もちろん、大型車両同士では非常に困難というケースはあるものの、乗用車で困り果てた経験は無いんだよなぁ。
まぁ、今後は「思い出」のある道を少しずつ紹介して行くつもり。


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