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2010年4月26日 (月)

国道153号線 治部坂峠旧道(峠に眠る古の街道 前編)

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同じネタを引っ張る事三週目。この立て看板を見るのも三回目となり、ちょっと食傷気味ではある。しかしながら「まつのや」の若女将あっこさんの
「甲州で右腕を切り落とされ流れてきたやくざ風の男。
左手一本で暴れまわっていた勝負師のお墓です。
手の不自由な人や願掛けにお参りすると御利益があるそうですよ。
私も1度お願いに行きました。」

とのコメントやご本人からの聞き取り調査も含めて、「見つけずにはおけない」とかつてのパスハンター(峠狩り師)の血が騒ぐ。ヾ(^^;)


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しかし、のっけからこれかよぉ~。ここらは標高1200m弱なので、まだ新緑には早いが梅雨時になれば、濃密な薮に覆われてそうな道じゃね?つぅ~か、杣道を分け入った先になんで、わざわざ碑(いしぶみ)を建立したんさ。
文句を言ってても始まらないので、装備を確認し手袋を装着して「状況開始!」


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モフモフと薮漕ぎを覚悟していたのに、看板から100m程で三体の碑を発見。これが「長尾吉五郎の碑」なのか?
でもなんか様子が違うぞ。

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一つめは観音碑っぽい。現状は杣道っぽいが、明治開鑿の旧道に対して徒歩交通の街道由来だとすれば、これは馬頭観音像と解釈するのが自然か。
まん中は「○峰行○」と掘られているが「○」部分は判読出来なかった。
そして三つ目は、判読不能。ただ最初の石仏を「馬頭観音像」と解釈するなら、こちらは「庚申碑」であろう。どちらも街道の往来を見守る守護神(「庚申」は里に外からの災厄が及ばない願も掛けられている)だから、徒歩交通時はこちらが街道だったのであろうか。しかしながら、地形をみるにこちらに「回り道」する合理的な理由が無いので、街道を改修する際に移転したものかもしれない。
国道旧道から続いて来た薮道も、この碑群までは明確だったのに、ここから先は痕跡すら残っていない。ここから先は辿って来た道以外は360度が笹薮に覆われている。

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先の三体の碑から薮漕ぎしたら、またもや碑出現。「水神」と「不動明王」と彫られている。おそらく「治山、治水」の願いを込められたものだろう。すぐ隣を流れる「峠川」は平谷村を流れる柳川の水源の一つであり、大雨の度に出水したと言われている。
ところで、本命の「長尾吉五郎の碑」はどこへいったんだ?


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杣道を行ったり来たり彷徨う事10分程。笹薮から何か見えたぞ

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笹薮を掻き分けて近づいてみるとこれが目指す、「長尾吉五郎の碑」であった。しかし何か新し過ぎくね?トタン囲いの祠紛いの掘っ立て小屋はともかく、碑はどうみても昭和もせいぜいが30年代建立の物ではんかろうか。
一般に個人の碑を建立するって事は、その地域になんらかの功績があった人物なはずなので、この辺りの経緯については村史などを紐解く必要があるだろう。

三週間に渡る「長尾吉五郎の碑」探しも無事に終り、ひとまず現道まで撤収!


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現道と旧道の合流点まで下って来た。個人的にはこっちの「石垣」の方が、重要物件である。この石垣が「路肩」だったのか「山側の土留め」だったのかで、旧道が通っていた位置が異なってくるからだ。
再度、手袋を嵌めウェストバッグの各ポケットの蓋が閉まっている事を確認して、状況開始!


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こんな笹薮を掻き分けて進む。まぁ進む距離が最大でも20mあるか無いかなので、体力の心配だけはせずに済むが、足元は殆ど見えんがねぇ。
とその時、1m程先の薮の隙間に見え隠れする一本のコンクリート製の杭が!

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げっつ!
(笑)

旧建設省(国土交通省)の道路地境杭である。これが石垣(路肩)からまっすぐ山へ向かって4m程のところにあると言うことは、ここから石垣を結んだ間に道路が存在するとう証だ。

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更に地境杭の傍らには、山側の土留めが叢に埋もれていた。
この二つの証拠物件を見つけた事で、今私が立っている場所が旧道跡なのだ。これで旧道が現道と別れを告げたとたん、短距離ではあるがらしくない勾配で高度を稼いでいた理由も説明が着く。現道は勾配を緩和するために、峠の鞍部を巨大な機械力にものを言わせて最大で20mほどを掘り下げているが、その影響がここでは1m程になったという訳だ。


懸案事項が片付き結果に満足しつつ、足取りも軽く現道を使って引き返す。先週はまだまだ身体が慣れないせいか、息が上がりまくっていたのに、今日はやたらに余裕がある。鼻歌を歌いながら治部坂橋の袂まで戻って来た時、道路を挟んだ反対側の木立に埋もれる、一つの石が映った。
なんらかの予兆があった訳ではない。ただ何となくだが「見過ごしちゃいけない」気がして、チャリを路肩に停めると、道路を渡り法面へと踏み込んで行ったのだった。


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