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2010年4月17日 (土)

国道153号、治部坂峠 現道編

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旧道巡りを終えて、治部坂スノーシェルター平谷側坑口まで戻って来た。シェルター手前には旧道の橋から任を受け継いだ機能一点張りな容姿の「治部坂橋」が、現代の物流を支えている。
中編」でも少し触れたが、この橋の竣工年は1972(昭和47)年1月。供用開始は現時点では不明であるが、国土地理院提供の1976(昭和51)年撮影の航空写真から現道が供用されている様子が伺える事から、竣工から然程の間を開けずに供用開始されたと考えられる。
おそらく峠前後の区間の様子から考えて、竣工後一年以内に供用開始されたのではないだろうか。と言うのも中央道恵那山トンネルが竣工し1975(昭和50)年8月には、中津川~飯田~駒ヶ根間が開通の予定であったが、恵那山トンネルが全長5000mを越える(現下り線8,489m)為に、危険物搭載車両は通行出来ず、そのバイパス道としての使命を帯びていたからだ。実際、先に紹介した航空写真を153号線に沿って見て行くと、阿智村浪合地区(旧浪合村)をバイパスする「浪合トンネル」がほぼ竣工している他、寒原峠の拡張も終っている事が読み取れるし、1984(昭和59)1月には寒原峠~大沢間の主要道路構造物が竣工し、供用開始に向けて急ピッチで工事が進められているのをこの目で確認している。


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”銘板”を探しに橋の下に潜り込んで見つけちまったよ。橋台からボロボロとコンクリートが剥離し、鉄筋が剥き出しになっている。この世に姿を現して40年弱。この間、ノーメンテナンスだった訳ではない。橋桁には補修工事の都度に取り付けられた銘板もあるし、橋台右側に写っているぶっ太いチェーンは、数年前に施された耐震工事で取り付けられたものだ。
大事に至る前に、補修が行われる事を期待したい。


国道153号線は私が全線走破を遂げた数少ない道路の一つだが、不思議と「走る度に発見がある」道で、どういう訳か「人生の転機」て奴に関わってくる道だ。旧街道の面影を遺す区間があり、それが新たな興味を喚起しどっぷりと「歴史」に嵌まる。
さて、次回は何処を走ろうかな。(と言いつつ、大ネタはG.Wだなぁ。一応9連休の申請は出してあるんで)

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