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2010年4月27日 (火)

国道153号線 治部坂峠旧道(峠に眠る古の街道 後編)

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法面をへつって辿りついてみたが、何の変哲もない苔むした石だった。ま、そんなもんだよね、地形からしても旧道が存在したとして最低でも5mは上の位置になるんだもの。
苦笑いしつつ引き返そうと踵を返したその時、目に飛び込んで来た光景が・・・

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なっ・・・・・道か?
道の痕跡を思わせる平場が奥へと続いていた。しかし旧道では無いのは確かだ。なにせ平場の幅が狭すぎる。平場の幅は目測で3mあるかないかだし、路肩を補強する構造物が存在していない。
ここであれこれと考えを巡らしていても、埒が明かないのでこの平場を辿ってみよう。


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20m程進んだところで、空練り積みの石垣の痕跡があった。しかしこれまで見て来た旧道の石垣とは、雰囲気が異なる。一つ一つの石のサイズが小さいし、積み方もなんていうか「雑」なのだ。
この時点で平場は5m程を残して、山肌に消えている。空振りの予感を感じつつ周りを見渡すと・・・


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石垣っぽくないかい?でもちょっと雑な仕事にも感じられるけど、撤収するにも回り道になるじゃなし、ちょいと登ってみますか。

石垣の上まで登り辺りを見回すと、足元には

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「キタ-------!」って奴ですかね。旧建設省謹製の地境杭。
しかしお前、頭の真っ赤なペイント、生々しくないかや?

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地境杭から前方(平谷村方向)を見透かすと、木立の間に旧道の姿が見えて来た。こりゃぁ、「お宝はけ~ん!」かぁ?

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げっつ!

等高線に沿って緩やかに高度を稼ぐ、幅二間(3.6m)の明治に開鑿された街道由来の道。今では杣人か電力会社の保守要員以外は踏み込む事はない道でありながら、穏やかな道が延びている。
現道の着工時期を考慮すれば、人手が入らなくなって40年は過ぎているだろうが、その歳月に比して路盤は荒れていない。


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足元の落ち葉や枯れ枝の間から、アスファルトが顔を覗かせている。旧国道跡の証だ。

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笹薮に覆われて判り辛いが、写真右側には土留めの石垣がカーブを描いて続いている。現道へ進路をきっているのだ。


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カーブを曲がり切ると、前方に朽ちたガードレールがあった。だが、これも錆が少しういているだけで、40年以上も放置されているとは、俄には信じがたい。放置された年月からすれば、錆びて真っ赤になっていてもおかしく無いのに。


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現道の法面で断ち切られた終端から、対岸を望むとほんの30分程前に通って来た旧道の、ガードレールが木立を透かして見る事ができる。
国道153号線の母体となった「三州街道」が成立したのは、一説によれば平安時代にまで遡るという。信憑については浅学なので判らないのだが、南北朝時代に南朝の親王にまつわる伝説が多く残る地だから、原形をたどればそれくらいまで遡るであろう。以来、時代と共に改修を受けてきた古道だが、足元の道が表舞台に復帰する事は無い。そんな思いを強く抱かせる光景だった。


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踵を返し、古道の雰囲気を愉しみつつ復路に歩を進め、エントリーポイントまで戻って来ると目の前に、「長尾吉五郎の碑」入り口の電柱があった。やはり「掘割沿いの不自然な直線」は、現道の工事によって付け替えられた道であった事が、これで証明された訳だ。


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帰宅して国土地理院提供の空撮画像(昭和51年撮影)で確認してみたところ、今回の旧道区間がはっきりと写ってますなぁ。画像の中央やや左下の「つ」の字をひっくり返した跡が、今回たどった旧道区間。
最初に見つけた不自然な平場は、おそらく切り通しで出た土を捨てた跡かもですね。不自然な広場がくっきりと写ってるし。

んで、留めの一撃。妻を回収して山小屋へ戻る途中で・・・・・

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現道からまる見えやん!
(爆)

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コメント

think 読みゴタエありました。
吉五郎さんも喜んでおられることでしょう。

投稿: まつのやあきこ | 2010年4月27日 (火) 12時12分

あっこさん、こんばんは

お借りしている「下伊那土木振興会 五十年の歩み」の中に、「全てを人力に頼るしかなかった時代に、険しい山道を開鑿する苦労は、現代の恵那山トンネル掘削に匹敵する事業であったであろう」との記述があります。
明治から戦前までの道路開鑿は、その殆どを近在の住民による労役の提供(道普請)で賄われていました。先人の汗と苦労が作り上げた”道”、静かに自然に還らせるのも時代の流れかもしれませんが、その記録は忘れたくありませんね。

投稿: 飛魔人 | 2010年4月28日 (水) 00時42分

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