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2010年5月26日 (水)

国道153号線 谷間に消えた"中馬"の道(後編)

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ヘアピン状のカーブの内側に、打ち捨てられたが如きな佇まいを見せる、コンクリート橋。この位置だとドライバーからは上下線ともに見えない位置だ。座席位置の高い大型トラックなら、下り線からなんとか見えるかというところか。
何度通ったか判らない程なのに、気付かない訳だ。
対岸の橋の袂が駐車帯になっているので、そちらからアプローチする。


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親柱は四本とも健在であったが、惜しむは銘板は失われている。なんとか判読可能だったのはこれだけだが、竣工年すら判読不能だ。ただ残された部分から「和三十年十○」はなんとか読み取れる。
ちょっと不思議なのは、幅員が狭い事。治部坂橋や栄太橋は3mはあったのに、この橋は2.5m前後と狭い。竣工年からすると前二者と同時期の構造物であり、欄干に凝るくらいなら同規格で架橋しても良さそうなものだ。


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橋上から現道を臨む。
現道は橋では無く、ボックスカルパート(管渠)で沢を跨いでいる。1/25000図では水路が描かれていないがこの沢は、もう少し下流で「治部坂川」と名乗りを上げ、浪合地区より「和知野川」となって天竜川に至る。

橋の両端は、現道の築堤に飲み込まれており、そこに”道”の痕跡を見出す事は叶わなかった。
ただ、橋の軸線(中央線)を南へ延ばすと、これから走る予定の道へ突き当たる事は確認出来た。


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見つけた「橋」をフレームに入れようとしたけど、これが限界。だってねぇ、連休明けの週末なのに、ひっきりなしにクルマやバイクが通るんだもん。撮影ポイントなんて選んでいられません。
目指す”道”の入り口は、ガードレールの切れ目から。


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「妖怪ポスト」か?と思ったのは、中馬街道跡を示す道標だった。つまりは「三州街道」の名残だと言うこと。
ところでこの道標は、いやに新しくないかや?

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真新しい道標の向かいには、こんな「脅し文句」が設置されている。
「山林資源の採取の禁止」は理解できる。だが「歴史ある道」を辿るのは、「無断入山」と判定されるのか否や。
浪合支所に問い合わせようにも、今日は日曜日なんですけどね。念のために電話してみたけど、呼び出し音が空しく響くだけでした。


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「史跡 中馬街道」の碑。「脅し文句」で入山を拒んでおきながら、碑を建立する意図が良く判らないんですけど。
実際に辿った結果から言えば、「余所者には入って欲しく無い」道なんだろうけど、それならこの碑の建立費は税金の無駄使いって事になる。


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道は未舗装で幅は3m程か。ダブルトラックが刻まれており、少なくは無い通行量がある事を示している。
が、これが”中馬(三州)街道跡であったとすると、いくつかの疑問が湧いて来る。左側に写る擁壁は現場打ちのコンクリート製。苔むしていて旧そうではあるが、道路構造物としてコンクリートの現場打ちが一般化したのは戦後のことだという。また、道路の舗装が始まったのが昭和三十年前後からという事を考えると、路面が未舗装である事ととの整合がとれていないのではなかろうか。
また現に於てこの区間(治部坂)の整備が始まったのは昭和45年頃からで、ピークは48年頃になる。当然の事ながら工事現場へは大型車がひっきりなしに通る訳で、未舗装のままではその通行に耐えられないと思うのである。


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道は橋を渡り、沢の左岸へと移る。
橋自体はや農道で見かける、簡易なコンクロート桁橋で親柱や欄干等の装飾は一切無し。
この手の様式は割と新しいもので、工場で桁を作って現場へ運び込み、橋台に据えるだけと、現場打ちに比べて工期を飛躍的に短縮する事が出来る。想像するにここにも本来は前出の橋と同様に、昭和30年前後に橋が架けられたが、なんらかの原因(それは主に豪雨等の自然災害)で流失してしまい、その時期が現道の工事期間中でもあった為に、仮設道路が用意されて街道跡は廃道となった。しかしながら近年になって、観光資源として整備し直されたのではなかろうか。
こうなると前出の廃橋を丹念に調べてこなかった事が悔やまれる。橋の路盤がコンクリートかアスファルトかで、変遷の様子が推定し易くなるはずだから。


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上の撮影ポイント左側には、馬頭観音碑が一基だけポツンと建っている。
石に刻まれた文字も判読可能なことから、新しっぽいなぁ。表面の劣化度合も、入り口に有った史跡碑と良く似ているんですけど。

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橋を渡ると勾配を増して、高度を稼ぎはじめる。
いくらか、轍跡が薄くなっている様に思うのは、気のせいなのか?
でも、「古街道」っぽくて好きだよ、こういう雰囲気。


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坂を登りつめると、丁字に突き当たった。右へ行くか左へ行くかで迷うところだが、迷う必要などない。
左に行けば民家の玄関先を掠めて現道へ復帰し、右に行けばやはり民家に突き当たっての行き止まりである。
そして行方を遮るのは、現道の築堤だ。
そして往路でエントリーポイントを見つけられなかった理由も判った。要は「民家への進入路(≒私道)」としか見えなかったからだ。なので場所を特定できる写真はボツ。

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現道へ戻り、スキー場の駐車場入り口前で思案。
法面の様子を観察しても、旧道跡を利用している様には見えないのだが、左フレームアウトに治部坂川が流れている。往路でここは確認しているのだが、橋が架かっていた痕跡はナッシング。
しかしこの駐車場への誘導路を延長すると、辿って来た道に無理なく繋がるんだよね。そして地形から考えても、ここから治部坂川沿いに下って行く方が、徒歩交通が主体であれば無理の無い線形である事も事実。
それにしても、橋や法面という道路構造物の形式に、一貫性の無い道というのも珍しい存在だ。


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