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2010年5月10日 (月)

国道153号線 平谷村旧道と山辺の道(前編)

連休中の予定を考えていた時に、国土地理院の国土画像情報閲覧システムで平谷村の空撮画像を眺めていた時に、閃くものを感じた。

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左の写真、赤丸で囲んだ交差点が「閃き」の切っ掛けだった。
この写真が撮られたのは昭和51年(1976)。現道の工事が着々と進められつつあるものの、現道はまだ姿を現しておらず、国道153号線は青色の線に沿って路線指定されていた。そして画像中央を縦断するように下から伸びて来て、国道にぶつかるのが三州街道迹だ。
しかしその三州街道だが、国道を突っ切っている様に見えないだろうか?むしろ農地を突っ切っている旧道の線形の方が、不自然に見えるのは気のせいか?
それを確かめるべく、チャリを引っ張り出した。


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連休も終盤というのに、ドライブ客で道の駅「南信州平谷」はごった返しており、クルマを停める事が出来ないので、隣接する総合庁舎へキューシキをデポ。チャリを降ろして出発点に定めた、現道と旧道の分岐点へ移動。
ちなみに写真に写っている「そば処 あみの」だが、蕎麦が美味しいらしいのだが、蕎麦アレルギーの私は開店以来、訪れた事はない。


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分岐から100m程、小さな川を越える辺りから、旧い宿場町の雰囲気が始まる。
橋の袂のサクラは、満開を迎えようとしていた。南信州の山間、標高900mの高地に有る平谷村は、平年ならば今頃からサクラの開花を迎えるが、今年は二週間ほど早いかな。


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橋の名前は「新橋」、昭和38年1月の竣工と私と同い年だ。
失礼ながら、このような山間の地で半世紀前には、コンクリート橋の架橋が進められていた事に驚かされる。主要地方道として物流を担って来た故だろうか。私が暮らす名古屋市では昭和40年代まで、木橋が堂々と存在していたのだが。(苦笑)

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馬頭観音石像群。有形文化財の指定を受けている。
三州街道とそれに接続する飯田街道・遠州街道には、江戸時代に「中馬」と呼ばれる馬を使った、物流請負業が発達し、その「中馬が行き交う街道」を指して「中馬街道」とも呼ばれていた。
そして馬の無事を願う中馬達が、馬と旅路の守り神として馬頭観音を建立したと伝う。
実はこの場所、15年程前まで国道標識(通称”おにぎり”)が立っていたのだが、いつの間にか撤去されてしまった様だ。


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旧平谷村役場迹地。平成12年の秋、活発な秋雨前線によって、中部地方に甚大な洪水被害をもたらした、通称「東海豪雨」はこの南信州にも甚大な被害をもたらした。
フレームアウトしているが、画像左側を流れる入川が溢水し、床上浸水多数の被害をもたらしたという。以後、役場は道の駅「南信州 平谷」の西側に、総合庁舎として移転している。


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全国に「酷道」として名を馳せる、国道418号線との交差点。もっとも、ここ平谷村地内から売木村までは、良く整備された快適な高原道路となっており、平谷峠売木側の勾配以外は、酷道とは思えない。
そして進路は正面に伸びている、幅員3m程の「村道」である。ここから小さな尾根を直登で越えるので、勾配は結構きつい。
チャリ復帰して一ヶ月程、それも週末しか走らない「サンデーチャリスト」が越えられのか、すっげー不安。


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数軒の民家を過ぎると、またもや馬頭観音碑が現われる。前出の馬頭観音碑との位置関係から、宿場の出入り口に設けられたものだろう。
左側に土手の上へ登る石段がある。ちょっと登ってみますか。


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登り切ると小さな祠が建っていた。周囲にはこの祠以外の物は無し。
しかし意外と新しげなので、どこかから移築されたものなのもしれない。
この時点では全く判らなかったのだが、富士浅間社と言うことが、後半で判明する。
が、今の私の最大の関心は、「あの登り坂を、チャリで最発進できるか?という事だ。

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心配した程無く、再発進して坂を登り切ると、巨大なハウスが立ち並ぶ農地へ出た。
素人には何を栽培しているか伺い知る事は出来ないが、換気扇が稼働している事からこのハウスは生きている。
雪害で潰され、無残な残骸を晒しているハウスも少なくないだけに、農の息吹を感じられるハウスの存在に、元気を貰った気がした。


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ふう、やっと問題の交差点まで来たぞ。
道の駅が出来たり、総合庁舎が建ったりで本来の線形は失われているが、高い位置から見ると真っ直ぐに繋がっていたと思わせる線形だよね。

さて、ここまでは「街道由来の道」のお墨付きだったのだが、ここから先は自分の「閃き」の正誤を確かめる道行き。果たしてこれから辿る道は、街道由来か否か?


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コメント

clover 自宅のすみっこが写ってた。
             うれしな~

投稿: まつのやあきこ | 2010年5月11日 (火) 11時47分

あっこさん、こんばんは

いちおね、「ここが”まつのや本家”」ってネタ用の写真も、押えてはあったんですよ。
ただ「道」を主題に据えると、掲載したアングルになっちゃった。

投稿: 飛魔人 | 2010年5月12日 (水) 00時57分

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