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2010年5月17日 (月)

平谷村諏訪神社「式年御柱祭」

「御柱祭」といえば諏訪大社の御柱祭が有名であるが、諏訪地方を中心に上伊那・下伊那地方にも、諏訪大社の末社は多く存在し、また諏訪大社とは関係がない鎮守のお社でも、「御柱」の神事が行われている事も多い。
山小屋の近傍である平谷村では、村社が諏訪大社の末社なので、やはり「御柱祭」が執り行われる。前回は
「見てみたい」と思いつつも、日程が平日だったのか単に私が忘れていただけだったのかは定かでは無いが、見逃しているので、今年は何としても見るぞ1と気合いを入れて臨んだのであった。

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10:19時 山から伐採されて搬出された「御柱」
平屋高原スキー場のセンターハウス前で、里曳きの出発をまつばかり。
氏子衆も晴れの舞台とあって、気合い十分。
ちなみにこれは「女木(メギ)」。

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10:24時 里曳きの始まり。
スキー場から国道へ出る。何も知らずに通りがかったドライバーは、予告無しの通行規制に目を白黒。
この後、新町の旧道分岐点までの1km弱、国道上り線を「予告無し」の通行規制で曳いていく。

午前はここまで。本命の「山出し」を見られなかったのは残念。まぁ良い、七年後(後述するが、実際には六年後)にリベンジじゃ。


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午後は本命の「川渡り」を見る為に14:00時に、道の駅にやってきた。ちょうど山小屋のご近所さんが別荘に来たところだったので、「御柱祭」が行われているよとお誘いして一組だけだが(笑)参加者を増やしておいた。
第七休憩所(村役場前)を出発し、諏訪神社へ向かう御柱。
偶々、このタイミングで道の駅に来合わせた観光客も、結構な人数が見物していた。
ちなみにこちらは「男木(オギ)」。本家諏訪大社では宮一つに四本の柱だが、ここ平谷では一対二本となる。

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「女木」には子供が鈴なり。(笑)
しかし、曳行速度が速いな。カメラを向けていると「あっという間」に目の前を通り過ぎて行く。
デヂカメの反応速度だと、3ショットを撮影するのがせいぜいだ。連射モード付の高級機なら話は別だろうけどね。


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曳き始めたと思ったら、直に次の休憩所に。(笑)
里曳き出発地のスキー場からここまでが、おおよそ2kmで五時間かけてやって来た。いいんです、「お祭り」なんだから。ちなみにこの写真には二ヶ所の「休憩所」が写ってる。


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平谷村観光協会・商工会・JA南信州平谷による、菓子まき。
うちの嫁は参戦して、菓子二袋をゲットしたらしい。
しかしこの建物、「この為に作った」んぢゃないかと思わせるなぁ。あまりにも「場の雰囲気」にマッチし過ぎぢゃんねぇ。


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見所の一つ、「川渡り」見物の為に振る舞い酒に目もくれず、ポジションを確保。
対岸にも観客が思い思いに、場を占めている。
実は私がいるこの場所、「女木」が渡るすぐ脇なんだよね。警備のおっちゃんに注意されるかと内心、びくびくものだったけど、全くスルー。(笑)


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さぁ~、「川渡り」開始!先頭曳きの一団が護岸を「転げ落ちて」来る。そりゃそうだ、道中の振る舞いで散々に呑んでるから、脚の踏んばりが全く効いていないもんな。


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川の流れに脚を取られながらも、曳き索が川を渡った。左岸側は護岸堤防で固められているので、曳き索に捕まって川から上がるもの多数。
この「川渡り」だが、原初は純粋に「道中の障害越え」だったと思うが、橋が整備される様になってからは「禊(みそぎ)」の意味合いを持つようになったと伝う。


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そして「御柱」が川を渡った!
橋の上、鈴なりの観客から拍手が沸き起こる。
ところで、黄色の安全ベストを着用したおっちゃん、あんたは「警備」のお役目だったんとちゃうか?任務ほっぽらかして、祭りに参加してど~する。(笑)
まぁ、般ピーでこの位置にいるのは、σ(^^)だけだから警備不要っちゃぁ、いらんわなぁ。


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「川渡り」を終えて、神社の境内へ。ここで「女木」にトラブル発生。
本来のコースを外れて、右寄りに進んでしまった。このままでは建て位置に「御柱」を持って行けないのだが、先頭を行く先曳き手は、”突撃ラッパ”に合わせて突っ込んでいく。


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やっと、本来のコースに復帰。この間、みかねて伝令をして曳索を戻したりと、出しゃばっちまったい。
「氏子じゃないからね」と傍観してたけど、段取りの悪さについついとね。悪いクセだが、なかなか直らん。

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紆余曲折はあったものの、建て位置まで到達。この後もトラブル続出で、見かねてお手伝い。
いあ、楽しいから良いんだけどさぁ、余所者が口出し・手出しするのも気が引けるんよ。
もっとも、だぁれも気にしてなかったけどな。(笑)


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「建御柱(たておんばしら)」の木遣りを奏上するのは、女性だった。
里曳きは日差しの所為もあって汗ばむ陽気だったが、神社の境内は沢風が吹き上げ肌寒さを感じる。
そんな中を凛とした「木遣り」は、耳に残るものだった。

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そしてクライマックス。「男木」と「女木」が立ち上がり、万歳三唱が境内に響き渡る。
狭い境内を埋め尽くす、人人人・・・・
小さな村のお祭りの余韻は、日が暮れても失われる事は無かった。


さて、「御柱祭」が語られる際に「七年ごとに催される」と言われるが、実際には干支でいうと「寅年と申年」の満六年ごとに開催されている。
では何故「七年ごと」なのだろうか。一つの理由に「数え年」だからというものだ。戦前生まれの方に年齢を訊ねると満年齢ではなく「数え年」で答えられる方が、みえるので耳にしたことはあるだろう。また畜産でも家畜の年齢は「数え年」であるが、んな事を知っているのは競馬ファンくらいだろうな。
WEB上で調べてみたのだが、ちょっと明確な理由について記述してある記事を見つけられなかったので、私なりの推理を恥ずかし気も無く披露すれば、もともとは干支の「寅年と申年」に起源があるのではないかと思う。そして我々日本人には、奇数を「縁起もの」と考える文化が有る(偶数でありがたれるのは”八”くらい)から、数え年で「七年ごと」となったのではなかろうか。
と言うことで、次回の開催は2017年ではなく、2016年なのでお間違えなく。でないと見逃しちゃうよん。(笑)

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コメント

shine ご参加ありがとうございました。
接待係りだったので状況が分からず・・・このブログで詳細を知りました。

菓子撒きをしている「しょうかん亭」の2階でカメラを抱えているのは・・・姑カッちゃんですhappy01

投稿: まつのやあきこ | 2010年5月18日 (火) 11時34分

あっこさん、こんばんは

お役目、お疲れさまでした。
接待役はお祭りの全てを見る事が出来ないのが、辛いところですね。

>姑カッちゃんです
オリジナルサイズで確認したら、確かに。(笑)
編集中、全く気付かなかったですよ。

投稿: 飛魔人 | 2010年5月18日 (火) 23時32分

すごい!
私のへなちょこレポートなんか恥ずかしいです・・・
飛魔人さんのブログであっこちゃんと同じくお祭の全貌、詳細を知ることができました。
お菓子まきご参加ありがとうございました。
緑の法被を着て袋を事前に渡しておりましたのが、ワタクシですが、お気づきでしたでしょうか・・・?

投稿: ひまわり | 2010年5月20日 (木) 11時45分

ひまわりさん、こんばんは
早速の訪問、ありがとうございます。

レポートね、ひまわりさんのレポートも「ほのぼの」としてていいじゃないですか。私にはあの”雰囲気”は絶対に書けないもの。

「菓子撒き」に参戦したのは、私ではなくて妻です。
私は写真だけ撮って、「川渡り」のポジション確保に走りましたんで。

投稿: 飛魔人 | 2010年5月21日 (金) 01時17分

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