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2010年5月18日 (火)

名鉄三河線 未成線区間(西中金~足助町)前編

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その存在に気付いたのは何時からだったろうか?
国道を走る愛車の車窓から眺める”道”は、一見「ふつう~の道」なのに、普通の道に見えない。
どことなく「余所余所しさ」を感じさせながらも、沿道の空気には馴染んでいる。


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どこか「曰く有り気な女性」を想起させるその道は、時代の変遷に翻弄された「鉄の道」だった。

ぶっちゃけ、タイトルで検索すれば「鉄っちゃん」サイトがゴロゴロとヒットしてくる有名物件だった訳で、検索してもらえば早いのだが、ざっと沿革などを記すと大正三年に三河鉄道(株)が刈谷~大浜間を開通して営業運転を始め、その後北へ路線を延長して猿投駅までを開通させたのが大正十三年。そして足助町までの延進を計画するも、昭和四年の世界恐慌の煽りで資金難に陥り鉄路建設は一時中断される。そして日米開戦間近な昭和十六年に三河鉄道は名古屋鉄道(株)に吸収合併され、戦中故に工事も中断してしまった。
戦後になり工事再開を図るものの、急速なモーターリゼーションび発達から鉄道利用者数は減少の一途を辿り、遂に昭和三十三年に足助町までの延伸計画は正式に断念された。
完成していた路盤跡は町道に転換され、沿道の人々からは「でんしゃみち」と親しまれていると言う。
そんな「鉄道として生まれなかった道」とはどんな道だろうか?


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今回の出発点、「西中金駅」跡。
平成十六年四月をもって、猿投~西中金間が廃止されたものの、平成十九年に国の登録有形文化財に三河広瀬駅と共に登録されている。しかしながら特別な保存処置が取られている様には見えない。
もっとも、廃線間近な現役時もこんな雰囲気ではあったのだが。

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駅舎内に入ると、路線沿革を記した額があった。
当初の計画通りに開通していたとしても、廃線の運命は避けられなかっただろうが、その歴史はもう少し異なったものになっていただろう。「昭和四十年代 旅客利用者が激減」とあるが、名古屋市内でも薪炭の需要は結構あったのだから。

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プラットホームより猿投方面を臨む。
赤錆たレールが草の中に取り残されている。鉄系サイトによれば、名古屋鉄道(以後「名鉄」と略す)の廃線区間では、速攻でレールが撤去されるらしいのだが、登録有形文化財に登録された影響か、この廃線区間ではレール残置率が高いそうだ。
ちなみに写真右側にちらりと写っている神社だが、由緒ありそうな社だが、今回は時間の都合で立ち寄る事を断念。

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今回の本命はこちら。
併走する国道153号線の拡幅や歩道整備工事で、本来の路盤は失われているが、計画されていた路線跡は、くっきりと残っている。

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国道と併走すること500m程。ここで大きく左にカーブし山裾へ切り込んで行く。
以前は国道からクルマで乗り入れできたが、現在はガードレールで閉鎖されていて、迂回しないと乗り入れられない。


気負う程の道では無い事は地図でも確認済みだが、初めて走る道はいつでも「冒険」に満ちている。
どんなお宝を見つけ、どんな出会いがあるのか。初夏の日差しの元、いざ扉を開けん。


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コメント

おはようございます~

こちらにも駿遠線と言う、お茶や人などを運んだ運搬トロッコ線がありました。。中学生の頃まであったようです。私は乗った事がないが遠いかすかな記憶では動いて走っているのを見た経験がある。

大きな台風で川にかかっていた鉄橋がいくつも流されてから再興するまもなく、丁度、近くに150号国道が開通されてから廃線になりました。

今はレールがないが、、自転車道になったり、沿線住民の生活道路になってりと活用されている。その道を通るたびになにやらほのぼのとしているのは何故なのだろうか。

投稿: GYO | 2010年5月19日 (水) 07時49分

GYOさん。こんばんは

昭和五十年頃までは、林産・農産物の輸送に所謂「森林軌道」は盛んに使われてますね。静岡県は関東の管轄だった様で、かなりの軌道が建設された様です。

>その道を通るたびになにやらほのぼのとしているのは何故なのだろうか。

今回の未成線を走った翌日に、もう一つの未成線を訪ねたのですが、その比較から「道が生きている」事が大切だと感じました。
鉄道としては廃止されてはいても、その近隣で生活を営む人々の大切な「足」として活用されていることが、道としての「余生」を感じさせるのだと思います。
今回取り上げた道、近在の人々に愛されているのだなぁと、感じさせてくれる道でした。

投稿: 飛魔人 | 2010年5月20日 (木) 01時11分

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