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2010年12月31日 (金)

山小屋通信(12/31)

出掛けにお袋から、「お墓の花を生け替えてこい」な指令が下り、一時間ほどの回り道。この時期の午後の一時間は、貴重なんだが。
まぁ、偶には墓参りもせんとなと、ちょいと回り道してから山小屋へ向かう。道路の込み具合は、年末としては空いている方で、やたらと低速走行するもおらず、スムーズに走れた。
ただ、今朝方の降雪で足助を過ぎると、時折圧雪路面が現われるので、注意が必要。こっちのスタッドレスもまだ、”慣らし”が完璧ではないと慎重に走る。

山小屋着は16:00時ちょい過ぎ。お風呂の営業時間が、年末営業なんでかなりギリギリだ。
荷物を下ろし、まずはキューシキの凍結解除。運転席回りの雪を落とし、暖機運転によるベーキングを施す訳だが、ドアが凍りついて開かないよ~。止む無くバールでこじってドアの開放に成功する。

返す刀ならぬ除雪道具で、林道の除雪。敷地内は基本ライフラインを除雪して、タイムアップ。温泉に着いた時には10分程、最終受け付け時間を過ぎていたが、そこは常連客なので顔パス。(笑)
18:00時閉館なのだが、私の入浴時間なんて粘っても30分を越えるかどうかなので、余裕だ。

例年なら新年を迎える前に眠くなるところが、今年はツイッターのおかげで眼が冴えて眠るタイミングを逃してしまったので、平谷村の諏訪神社へ初詣に出かける。社務所前で焚火に中りながら、氏子さんと「春の御柱、私も里曳きさせて頂いたんですよ」などと話しているうちいん、眠気を催して来たのを幸い、山小屋へ戻った。

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2010年12月29日 (水)

年末の雑用

急遽、有給休暇となったので、雑用をこなす。

まずは、先日明らかになったタイヤの交換。

Cimg3084

交換にあたって外された、旧タイヤのトレッドの状態。
先月に換装した際には、「なんとか、保つだろうな」と思ったのだが、現実には臨界点を越えていた様で、ショルダー部が丸坊主状態。
これじゃぁ、グリップしねぇわなぁ。左側のタイヤも坊主一歩手間な状態でして、ショルダーのサイプが部分的に「毟られ」状態を晒しておりました。
もうね、「凍結、積雪路面を舐めとんか!ゴルァ!」状態な訳で。事故らなかったのは、幸運以外の何物でもなかったなぁを、実感。

んで、新しい”靴”はミシュランのX-ICE XI2
基本的にメーカーの謡い文句は信じない質なんだが、無積雪路面を走る割合が多い身としては、コンパウンド(タイヤのゴム質の事)の軟らかさで氷上性能を稼ぐ傾向がある、国内メーカーはちょっと遠慮したい事もあり、ウィンター・タイヤに関しては割高でも、ミシュランを指名買いしている。
まぁ、スパイクタイヤが禁止されてから20年近く経つ事もあり(とほい目)、国内メーカーも相応にドライターマック性能や、耐摩耗性の改善は行っていると思う。が、「武人の蛮用に耐えること」という、コンバット・プルーフに応えて来た製品から他製品に乗り換えるにはねぇ。
ショップ店頭品でを実際に手で触ってみた感触から言うと、国内メーカーはミシュランの領域まで追いついていないと言わざるを得ないなってのが実感。

で、乗ってみた感触は、「一段と、転がり抵抗が少なくなった」でね、でもグリップ感からするとドライターマック性能は、安売りの夏タイヤ以上の性能を感じさせてます。
耐摩耗性を考えても、凍結路面に対する不安感が出たのが、4シーズン目初期という事は、うちの走行距離から言えば3シーズンは「凍結・積雪路面で安定した性能」を提供してくれる訳で、普通に夏タイヤの寿命と変らんもんね。


タイヤ交換の後は、コンタクトの調整だったんだけど、意外な事に視力低下は認められずな結果。「おそらく、コンタクトの劣化が原因でしょう」ということになった。
実際、問診も過去の経験からいえば、随分と量は多かった事から考えると、その可能性は高いのかもしれんかなっと。
ただなぁ、コンタクトを使い初めて20年余になるけど、初めて「乱視」を告げられた。担当者曰く「統計値に照らせば、かなり強い乱視ですよ」なんだそうで・・・
これまで言われた事が無かっただけにショックを受けたものの、コンタクトの処方検査を考えると、有り得ない事もないかもと。

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2010年12月27日 (月)

多目的兵員輸送車用、冬季野戦装備

まぁ、スタッドレス・タイヤの事である。
土曜日に上矢作からR418経由で山小屋に向かったところ、上村発電所を過ぎた辺りから、達原トンネルまでの区間がねぇ、もうテカテカの凍結路面だった訳。
幸いな事に、対向車も少なかった(平谷まですれ違ったクルマは二台)事や、登り勾配だったので致命的な状況には陥らなかったものの、S字の切り返しでは横を向きかける状態に。

スパイクタイヤが規制されてから、スタッドレスに切り替えてざっと15年程かなぁ。結婚する前は2シーズンで履き潰していたのだけれど、結婚後は騙し騙しで3シーズン体勢だったのを、今回は4シーズンまで延命をと考えたのだが甘かった。
雪上性能はともかく、氷雪ではショルダーの摩耗が進んだタイヤでは、かなりコントロールが難しくなっている事を思い知らされた。
妻もナビシートでありながら、かあんりの不安を覚えたらしい。緊急予算について提言したところ、予算執行に同意を戴けた。

年内の仕事も急遽、明日が御用納めとなったので、可及的速やかに装備調達しなくちゃだな。

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2010年12月26日 (日)

山小屋通信(12/26)

目を覚ますと、抜けるような青空とはいかず、ちょっと薄曇り。日差しが無いので肌寒く感じる。雪は未明近くまで降り続いていたようで、除雪跡にも新雪が10cmほど積もっていた。

いつもの様にペール缶に火を熾してから、除雪作業開始。新雪が主体なので、嵩の割に軽いのでサクサクと進むが、山小屋を中心に前後150m程を除雪するので、結構な運動量になる。10:00時を過ぎると雲も晴れて日差しが差し込み、作業服ではちょっと暑いがときおり風が吹き抜けるので、上着を手放せない。
午前中に予定量を終り、昼食の前に水を汲みに行く。この時思いついて、塩カルもついでに調達。散布量の見当がつかなかったので、25kg入りを三袋入手した。

午後は塩カルを林道に散布。とりあえずネコに乗せて、350ccのペットボトル・カップで掬いながら、散布していく。大体目分量で、国道で散布される量をイメージして播いて行くと。散布したところから氷の軋む音が聞こえて来る。
一袋を300m程に散布。これが多いのか少ないのかは判らないが、アスファルトが露出した所には多目に、踏み固められた雪の部分には少なめに播いておいた。

15:00時を過ぎると、日差しは山肌に遮られるので、気温は急降下を始める。妻は山小屋に退避して出て来ない。(笑)
塩カル散布の効果を確かめると、散布した箇所は明らかに凍結を始める温度が下がっているな。まぁ、氷点下4度程度ならともかく、10度近くまで下がれば焼け石に水かもしれんが、そこまで下がってしまえば、逆に路面は安定するので、相応のタイヤや靴を装備していれば、問題はないだろう。

近所のI田さんが、軽トラ用「除雪アタッチメント」を作性。昼過ぎにシェイクダウンテストを行い、ちょっと立会ったが、なかなかの除雪性能だった。難点は「軽トラが自力ラッセル可能な積雪」でしか使えないのだが、降雪中や降雪直後であるならば、十分な能力をもっていた。
で、私に「年末・年始の除雪、よろしくな」と託されてしまったぜい。(笑)


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2010年12月25日 (土)

山小屋通信(12/25)

食料の買い出しを待って自宅を出発。山小屋では雪かきが予想されるのに、のんびり昼食を食べ始めた妻に、苛立ちを覚える。
道中、11月に熊の捕殺で熊森協会が騒いだ、瀬戸市の現場へ立ち寄ってみる。この周辺は、私が小学生の頃から親しんだ地域なので、年月による変遷を妻に説明しつつ感想を訊くと、「山小屋に慣れちゃったから”奥山”って感じはしないけど、それ以前だったら”奥山”って感じただろう」って事だった。
なるほどね、妻の感想はなかなか興味深い内容だなぁ。これについては、後日に改めて考察してみたい。

さて、山小屋は先週までの晩秋の光景とうって変わり、白銀の世界と変貌していた。先週から長靴を持ち帰り始めたのだが、予想がぴったりと当ったってか、ちょっと遅過ぎたんだよな。単に運が良かっただけ。
荷物を運び込み、薪ストーブに点火して作業着に着替え、除雪作業開始。雪は降り止む気配を見せずに降り続いているので、無駄骨かもしれないが。
一時間の除雪作業の後に、温泉へ。スキー客でごった返しているかと思いきや、館内はがらがらに空いていた。家族連れがクリスマス絡みで、少なかったのかもしれない。

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2010年12月21日 (火)

”奥山”は荒廃しているのか?

最近頻繁に耳にする言葉に「里山・奥山」がある。この定義は実に曖昧な為に、自然保護活動や鳥獣保護活動において、各自の定義のずれから議論が水掛け論になってしまう。そこで”公式な定義”は無いのか?と考えていたところ、森林ジャーナリスト 田中淳夫さんの「森林ジャーナリストの「思いつき」ブログ」にて、環境省が里山の定義を出している事を知った。
でまぁ、ググってみたところ、「日本の里地里山の調査・分析について(中間報告)」の中において、以下の様に定義されていた。

(以下、引用開始)
里地里山とは、都市域と原生的自然との中間に位置し、様々な人間の働きかけを通じて環境が形成されてきた地域であり、集落をとりまく二次林と、それらと混在する農地、ため池、草原等で構成される地域概念である。(二次林約800万ha、農地等約700万haで国土の4割程度を占める。)*一般的に、主に二次林を里山、それに農地等を含めた地域を里地と呼ぶ場合が多いが、言葉の定義は必ずしも確定しておらず、ここでは全てを含む概念として里地里山と呼ぶこととした。
(引用終り)

「二次林」の概念・定義もこれまた厄介で、概念としては自然災害による既存森林の破壊からの、自然復旧も含む様であるが、「里山」を考えるにあたってはむしろ「人為によって利用されて来た森林」と考える方が、話がややこしくならずに済むと思われるので、以後は「植林による人工林を含む、人為利用された森林=二次林」の前提で話しを進めていく事にする。(ふぅ~、用語の定義付けだけで疲れちまう。www)

さて「里山」に関して定義付けできたので、「里山」に含まれない森林が「奥山」となる訳だが、私の実感だと条件にもよるけど、「概ね標高2000m以上で、交通不便な高山帯」になっちまう訳で、ぶっちゃけ「北アルプス・中央アルプス・南アルプスの森林限界高度以上になっちまう訳で。(笑) もうアルピニストの世界な訳ですな。
もともとの気候条件が厳しくて、植物相もその気候条件に適合するものしか生き延びる事が出来ないから、正常なキャパシティであっても、人の目にうつる光景としては「荒れ果てた」と映るかもです。しかし、その気候に適応した植物が繁茂しているのであれば、いくら人の目には「荒れている」様に見えても、それはそれで「豊かな植物相」な訳。

つまり、用語としての”奥山」は、全く荒廃していないって事が結論。
となると、何故「奥山が荒廃している」という声が上がるのか?
次回は、これに焦点を当ててみよう。

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2010年12月19日 (日)

テレビ東京「とことんはてな?」

テレビ東京放映「とことんはてな?」 12月19日放映分 「クマ どうしてあんなに出て来たの?」


普段、民放の番組などは鼻にもかけないが、ちょっと興味を惹かれたので視聴してみた。
この手の番組は、大概が際物扱いでおちょくってお笑い芸人が大騒ぎしてって内容ばかりなのだが、ゲストが写真家の宮崎学氏とあったからだ。
以前に、宮崎氏のブログ「ツキノワグマ事件簿」を読んでいた際に、在京テレビ局からの取材依頼入った際に、即座に断ったところ「当初の企画は”野生の熊、絶滅”で組んだのだが、取材をしてみると逆に個体数が増えているという証言の方が多い。むしろ増え過ぎた事による害の方が多いのでは無いか」ということで、取材に協力したというエントリがあったからだ。

私も週末山暮らしを始める前までは、ツキノワグマの個体数は相当に減っていると思い込んでいたのだが、山小屋周辺における獣害状況を(断片的ではあるが)見るにつけ、相当に大型獣(クマ、イノシシ、シカ)は個体数が増えていると感じていたし、「ドングリの実なりが不作だから、クマが人里に下りて来る」についても、疑問に思う事も見ている。

結論から言えば、番組の構成は宮崎氏の監修の元に制作された感が強いが、森林の変遷に関しても証拠となる写真を基に解説が入り、納得できる構成となっていた。
特に「山村部の過疎化の進行により、耕作放棄地が森に帰りつつあり、そこがクマ等野生獣の餌場となっている」という部分は、私の実感とも重なる部分である。
狂信的クマ保護団体や、熱狂的動物愛護家すれば真っ向から対立する番組内容であるだけに、テレビ東京には今頃、メールボムやら抗議電話が殺到しているやもしれんけどな。(笑)
今回ばかりは、腐った民放にしてはまともな内容の番組であり、観る価値はあったと思う。

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山小屋通信(12/19)

今朝の最低気温、氷点下6度。プラスに転じたのは概ね10:00時過ぎ。

薪狩りに行こうにも体が寒さに慣れておらず、言うことを効かないのでまずは焚火から。最近になって乾燥した日が続いているせいなのか、たっぷりと水を含んでいたアカマツが良く燃える様になって来た。おかげで木っ端の処理は急ピッチで進み始め、年内には駐車スペースが確保出来そうだ。

10:30時頃に、猟友会の軽トラ五台が林道の奥へと上がって行く。あぁ~あ、行き先が勝ち合ったらやだなぁ。
11:00頃、ようやく暖かくなってきたので、薪狩りへ出発。念の為に林道を一旦通り抜け、そろりそろりと先週に見つけた場所へ向かおうとしたら、そっちから猟友会の軽トラが降りて来た。
う=ん、見事に克ち合ったなぁ。11:30時近いのでおそらく、昼食に為に降りて来たと思われるが、あらぬ疑いをかけられるのも嫌なので、本命は後日として次点の場所へ移動。ここは昨秋に、キノコ原木用として伐採された跡地。搬出されなかったクヌギが結構残されており、回収の手間さえかければいい収穫になるのだが、とにかく足場が悪いので林道まで下ろすにも一苦労する。とはいえ、Φ200クラスを五本ゲット。

昼食後は、原木の玉切り。長さがうちの薪の整数倍に近いので、木っ端も出ずで非常に効率が良い。しかし、ソーチェンの切れ味が、今ひとつ長持ちしない。カッターも大分チビて来ているので、そろそろ予備チェンを準備しないとかも。
日暮れの時間を考えて、玉の整理前にチェンソーを整備。15:00時を過ぎると、日陰では寒くて目立てなんぞは、やっていられなくなる。まぁ、冬至を前にして(今年は22日)、一年で最も日が短い時期だから仕方が無いか。

18:30〜 TV東京トコトンハテナ【どうしてクマがたくさん出没したの?】を視聴すべく、16:00時をもって撤収。

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2010年12月18日 (土)

山小屋通信(12/18)

昨夜は職場の忘年会。基本、オヤヂばっかの職場なので、二次会に繰り出す事無く無事に帰還す。
ただし、軽く胃壁がやられたのか、胸やけ+下り気味で昼過ぎまで、うだうだと過ごしてしまった。

山小屋の庭は、特大の霜柱があちこちに、解けずに残っていた。

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2010年12月15日 (水)

健康診断

毎年恒例の健康診断。本日午前に受診。詳細な結果が出るのは先だが、その場で判明する結果もあり。

まずは体重と腹囲。体重はこの夏の猛暑の手伝いもあり、予定通りの数値を達成いえ対前年比で▲2.3kg。BMIも23.2→22.0と改善。腹囲も対前年で▲3cmと、こっちも目標はクリア。できればあと2cmを上積みしたかったところだが、それは来年の目標だな。

気になるのが視力で、矯正で1.0を切っていた。これはちっとヤバイかも。来月には運転免許の書き換えがあるので、コンタクトを処方しなおさにゃならん。ま、コンタクトは月会費を払っているので、無料で交換できるが店舗に出かけるのが面倒だなぁ・・・・

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2010年12月13日 (月)

稲武アメダス

気象に興味がある方なら今さら説明の要も無いと思うが、ご存知無い方は気象庁の「アメダスについて」をご一読されたい。
アメダス(AMeDAS)とは「Automated Meteorological Data Acquisition System」の略で、「地域気象観測システム」というのだが、ぶちゃけた言い方をすれば「自動気象観測機」と、そのネットワークと考えればよい。日本全国1300ヶ所に設置され、日夜気温や雨量・風向風速等を観測している装置である。


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稲武アメダスの全景。中央の黄色い円で囲んだのが、アメダス本体。気温・風向・風速・雨量・日照時間の五要素を観測できる。


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アメダスの制御部。銘板には「有線ロボット気象計」と刻まれている。
まぁ、ぱっと見は単なる「配電盤函」にしか見えないが、観測機器のデータを気象庁に送信したりする、アメダスの”頭脳”とも言える部分。

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雨量計。
地面には雑草(クズ等の蔓性植物)防止なのか、シートが敷き詰められている。
実はここ、某農業試験場の畑の隅なんで、雑草対策が必要なのか?とも思えるんだけど。

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気温計を収納している、通風筒。
ファンで強制通気して、気温を計っている。
近くに寄ると、ブ~ンとファンの回転音が、微かに聞こえて来る。
今年の夏、全国での日最高気温を記録した京田辺のアメダスでは、この通風筒が蔓性植物に埋もれていたとして、話題になった。

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風向・風速計と、日照計(たぶん)
日照計は自信無いけど、多分間違い無いと思う。

素人判断なんだけど、この稲武アメダスの露場は良い条件にあると思う。
唯一、ケチを付けるなら風向・風速かなぁ。名倉川が穿った渓谷の中段に位置するので、周辺の地形の影響を受け易いと思う。また、東西に尾根が迫る地形から、冬場の日照時間は短めになるんじゃないかな。
ただ、農業試験場の敷地内なので、蔓草に被われるなんて事はまず無いだろう。この辺りは夏場に再訪して確認すべきだな。

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2010年12月12日 (日)

山小屋通信(12/12)

昨夜は雨の所為で、思いのほか暖かかったのだが、今朝は霜で一面が真っ白。先週も日曜日は霜が降りたが、今週の方がきついな。朝日を浴びていたのに、キューシキのフロントガラスは、真っ白に凍りついていて、スクレーパーで掻き落とさないといけなかった。

午前中は久し振りに薪狩りに。昨年見つけた林道が、かなり整備されていたので、奥まで探索してみる。行程の殆どは植林された人工林なので、「こりゃぁ、見込み無いかなぁ」と思い始めたところで、前方の尾根に広葉樹が見えて来たので突入。(笑)
林道は終点までは整備されており、轍掘れ等は一切無し。路肩の側溝も落ち葉が殆ど見られない事から、つい最近に竣工したと思われる。
路傍の伐採木は針陽樹が主体だが、終点手前はΦ15~Φ20クラスが結構ある。しかしこのクラスにこの足場だと、玉切りしないと搬出できねぇなぁ。チェンソーは持って来ていたが、搬出用の道具が不足しているので、今日は偵察のみ。

一旦、山小屋へ引き上げ昼飯の準備だけして、別の林道へ。舗装の終点にキューシキを停めて、そこからは徒歩にて探索。路肩はススキなどの繁茂を許しているが、轍は決して薄く無い。そーいや昨年は、ここで鉄砲撃ちの軽トラとすれ違ったんだっけ。
15分程進んだところで、獲物は無しと判断して踵を返す。林道脇の植生を観察してみると、比較的緩やかな斜面は植林地として利用され、急斜面は薪炭材用だったのだろうか、ヤマハンノキを中心とした落葉広葉樹林になっている。
そんなこんなを観察しながら引き返して来たら、獣の気配がした。数mの距離で向こうもこちらの気配を伺っている気配がする。向こうはこちらが見えているがこっちは向こうが見えていない。ちと不利な条件なので緊張するが、ゆっくりと熊鈴を鳴らして牽制しつつ、ゆっくりと歩を進めて現場を後にする。10m程移動したところで向こうの気配が消えた。

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その直後に見つけた「熊棚」。熊がドングリを食べた跡である。枝の根元に積み上げられた枯葉付の枝が特徴。葉っぱがまだ青い時期に枝を折らないと、こうはならない。
恥ずかしながら往路では完全に見落としていた。復路でも路傍に落ちていた枯れ枝(と思った)に違和感を感じて気がついた次第。試しに振り返って往路目線で確認したのだが、気がついて当然ってくらいにはっきり見えていたにも関わらず、往路では全く気付く事が出来なかった。

薪狩りは不発だったものの、予想外の収穫に満足し山小屋へ帰還。昼飯を食べ終えてみれば、日没がひたひたと押し寄せる時間になる。木っ端も随分と片付いてきて(と言えど、まだまだ有るんだけど、当面危急の物は)、当面の駐車スペースは確保出来そう。
まぁ、裏技も用意してはあるけどね。

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2010年12月11日 (土)

山小屋通信(12/11)

昼頃には自宅を出られるだろうと思ったら、妻がのんびりと「坂の上の雲(@再放送)を見出したので、14:00時過ぎに・・・orz
ただでさえ今の時期は、日没が早いっていうのに。

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稲武にてこいつの取材。まぁ、詳細は後日にて。

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2010年12月 7日 (火)

「熊森」騒動

「日本のクマを絶滅させないための緊急声明 」(日本熊森協会)

1-1人道上、生態系保全上、冬ごもり前の食い込み用食料を求めて人里に出てきたクマを殺してはならない。

1-2.クマが人里に出てこなくてもいいように、これまでクマの生息地を壊し続けてきた人間側としては、クマたちに食料を提供しなければならない。

2 早急に、クマを種の保存法上の希少種に指定し、狩猟と有害捕獲を原則禁止し、環境大臣の監視下に置くこと。

3 生息地の復元・森再生を早急に行う。人工林の間伐のために50万人を緊急雇用すること。

4 今年、猛スピードで広がったナラ枯れの原因究明と対策を国が行うべきである。

5 現在残っているクマたちの生息地である原生的な森をこれ以上開発しないように、法規制をかけるべきである。

(生物多様性条約第10回締約国会議開催都市名古屋での「くまもり生物多様性シンポジウム」にて)

日本熊森協会」による、緊急声明全文。
もうねぇ、読んでて脱力感一杯な主張ではあります。

>1-1人道上、生態系保全上、冬ごもり前の食い込み用食料を求めて人里に出てきたクマを殺してはならない。

「生態系保全上」ってねぇ、仮に「餌が不足した」のが原因で人里に出て来たのならば、それは単に山の生産力を越える固体数って事なんですがね。
私の知り得る限りで言うと、山小屋の周囲は昨年の秋はミズナラが異常とも思えるほどの豊作だった。つまり今年の春には相当数の仔熊が生まれた可能性が高い訳で、個体数過剰と言っても良いのでは?
そして「人里に出てきたクマを殺してはならない」って、何様のつもりなんですかね。「日本熊森協会(以下、”熊森”と略す)」ってのは、関西に本部を置いているので「クマ」はツキノワグマを指しているとの前提だが、「人里に降りて来る」って事は、人間の生活と衝突するという事。クマにとってはじゃれついただけでも、人間は大怪我するって事を判っているのだろうか。

>1-2.クマが人里に出てこなくてもいいように、これまでクマの生息地を壊し続けてきた人間側としては、クマたちに
>食料を提供しなければならない。

「これまでクマの生息地を壊し続けてきた人間側としては」これもおかしな話しだ。確かに1960年代から80年代までは、様々な開発行為が林野を壊して来たのは事実だ。しかしながら燃料として薪炭に頼っていた時代の方が、現代以上に山野は荒廃していたのに、ツキノワグマは絶滅していない。
ましてや「食料を提供」していなかったのにだ。むしろ集落の付近ほど、薪炭として利用されてハゲ山に近かったので、それが緩衝帯としてクマ等の野生獣を遠ざけていたと考えられる。
更に言えば、食料の提供が必要以上にクマの個体数を殖やし、人里へ降りて来るクマを増やす事になる。

>2 早急に、クマを種の保存法上の希少種に指定し、狩猟と有害捕獲を原則禁止し、
>環境大臣の監視下に置くこと。

”希少種”である理由が不明。まずもって「確からしい」生息数すら、把握されていないのが事実。
「多いのか少ないのか」すら不明な段階で、希少種に指定するのは無理がある。又、中山間部の人口が急速に現象している現状を目の当たりにすれば、耕作放棄地の拡大こそが野生獣増加の一因である事は明らか。

>3 生息地の復元・森再生を早急に行う。人工林の間伐のために50万人を緊急雇用すること。

意味無し。まぁ、人工林の間伐で雇用を産み出す事には意義はあるが、50万人の素人を投入して効果があるとは思えない。徴兵された素人兵隊の役目は「弾よけ」程度にしかならない。
だいたいなぁ、整備されたスキー場ですら斜度30度つったら上級者コースなんだぞ。んな斜面では素人は立っているのが精一杯だってのが、判らないからこんなおとぼけが言えるのか。(笑)
一般に人が手がかり無く活動出来る限界勾配は七寸勾配(70%勾配)と言われているが、これはある程度の訓練を受けた職能人の限界。ホビーレベルで慣れている場合で五寸(50%)だな。全く経験が無い場合では三寸(30%)が精一杯。
実際、条件さえ良ければ70度でもバランスを保てる私が、軽量チェンソー(35ccクラス)を扱える限界は、30度(五寸勾配に相当)なんだから。
あと2でも触れたが、耕作放棄地の拡大やら薪炭燃料需要の減少から、広葉樹林は拡大傾向にあるという現実がある。

>4 今年、猛スピードで広がったナラ枯れの原因究明と対策を国が行うべきである。

これも意味無し。まずナラ枯れは国内の生態系が潜在力として持っていた、ナラ類が世代交替するためのメカニズムだから。高度経済成長に入った1950年代半ばから、家庭用熱源が薪炭からガス・石油に置き換わっていき、ナラ類の利用が減って行った為に、ナラ類の世代交代が促進されず古木が増えて、カシナガの繁殖条件が整っただけ。
原因は明確、対策はナラの古木を伐採すればよい。問題は地権者が不明な山林が増大している事。

>5 現在残っているクマたちの生息地である原生的な森をこれ以上開発しないように、
>法規制をかけるべきである。

「クマたちの生息地である原生的な森をこれ以上開発しないように」って、現実が見えて無い。
まずもって、日本国内に「原生的な森」なんて残って無いんだが。もっとも熊森が定義する「原生的な森」と私が考える定義との違いはあるだろうけどね。
ただ、無節操な開発行為は80年代の土地バブルが崩壊してからは、儲からないって事でなされていないんだよね。で、バブルが弾けて30年近くが経つので、その頃に芽生えたナラ類の新芽は、生き延びていれば30年生の結構な大木に育っているんだよねぇ。

週末限定とはいえ十年近く定点観察していると、「自然保護」のジョーシキの綻びが見えて来る。
単純な似非科学で解決できるほど、実際の自然は複雑でしたたかな物なんだ。

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2010年12月 6日 (月)

はて?これは何?

日曜日に薪狩りの最中、”熊棚”も見てみたいと思って歩いていると、林間に妙なものを見つけた。

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遠目には、木の枝が積み上がったというか、組合わさった様に見て取れ、樹木の生長過程で自然発生的に形作られたもでは無い。「すわっ!”熊棚”か?」と興奮仕掛けたが、この樹は針陽樹。堅果を実らせる落葉広葉樹じゃ無いし、周囲に生えている落葉樹は木肌を観察する限り、ヤマハンノキっぽい。


Cimg3066

拡大してみる。
どうやらワシ・タカ類の巣みたい。期待した熊棚では無いのは残念だが、それでも初めて見るから、私にとっては珍しいものを発見したと言える。
こういう物は、漫然と山道を歩いていたのでは、見つけることはまず無理だ。いや、たかが「スズメ」ですら、その気になって観ないと、視界の中にあっても「スズメ」と認識されないから、居るのに「居ない」として脳は処理してしまう。

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2010年12月 5日 (日)

山小屋通信(12/05)

目覚めてみれば、快晴の青空。明け方の冷え込みは厳しく、尾根越しの朝日が差し込むまで、辺りは真っ白だった。
小屋の内気温は09:00時で15度ほど。震え上がる程では無いが、肌寒さを感じる温度だね。あらかた火が落ちた薪ストーブに火を熾し、コーヒーメーカーをセットする。作業着に着替えて外に出てみれば、散髪したばかりの首筋はスースーするは、耳たぶはあれよと冷たくなるはと、今朝方の冷え込みを感じさせる。

木っ端整理をしつつ、この秋の熊騒動で薪狩りをしていない事に気付き、整備を終ったキューシキの公試を兼ねて、薪狩りへ。まずは以前から目をつけている林道支線を偵察。支線入り口にキューシキを待機させ、徒歩にて偵察。
予て期待していた風倒木が、完全に横倒しになって林道を塞いでいる。この支線、滅多に人の気配は感じないが、それでもこの手の倒木は排除されているので、こいつは早いもの勝ちだな。
林道をさらに進み、牧場迹へ行くと沿道に伐採あと多数。ちょっと伐採理由が不明なんだが、この辺りはシイタケの原木栽培用っぽいかな。
その後、ヤハズ峠経由で山小屋へ還ってきたが、薪狩りは不調。あっちゃこっちゃで、キノコ用と思われる伐採迹あり。

「何をした」という程の作業はしていないが、自分にとっては「ボケッと火を燃やす」のが、意外に”のんびり過ごす”行為なんだと気がついた。

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2010年12月 4日 (土)

山小屋通信(12/04)

朝一で散髪を済ませ、昼ちょい過ぎに自宅を出発。今週は妻が同行しないので、稲武にて寄り道。「地域気象観測システム(AMeDAS)」を見学っちうか、探す為だ。出発前に緯度・経度で地図上の位置を確認しておいたのだが、周辺を含めて手がかり無し。既に浪合でも二回、空振りしているので今回で三回めという事になる。なぁ~んか悔し過ぎ。
電子地図で表示された場所を中心に、半径200m程の範囲をくまなく歩き回った上に、武節城址まで登ったので結構な運動量だな。ときおり強風が吹くものの、薄手のフリースでも汗ばむ程だ。

アメダスは仕切り直しという事で、山小屋へ。到着は15:00時頃。作業着に着替えて木っ端の始末にかかる。今週は意外に別荘滞在者が多く、今朝の積雪を得意げに知らせてくれる方多数。心づかいは有り難いが、周囲の景色を見れば一目瞭然で、北側斜面になる屋根に、雪が融け残ってますがな。

就寝前に用足しに外へでると、辺りは霜で真っ白に染め上げられていた。凄烈な星空と共に、「冬が来た」と実感させられる光景だった。

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