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2011年4月30日 (土)

山小屋通信(4/30)

予報では午後から曇りが、実際には昼から雨。強い降りでは無いが、降ったり止んだりを繰り返し、仕事にならない。

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雨の止み間をついて杉林に入る。
作業道を登っていくと、獣の気配がする。向こうもこちらに気付いた様子で、顔は見えぬも睨み合い。
子連れだったりすると、シャレにならない事態が予想されるので、静かに後退。直後に子鹿と思しき鳴き声が聞こえた。
下る途中で足下にショウジョウバカマが咲いていた。


Feeldnote
昨年、まつのやさんを通じて入手した、平谷村内の植物を網羅した図鑑。
ショウジョウバカマの同定は、これを使って確認。
ついでに気がついたのだが、コブシが載ってない?
ってぇ事は、これまでコブシだと思っていた白い花はタムシバって事なの?

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調べてみるとコブシは「花の付け根に小さな葉が1枚ついている」そうで、タムシバにはそれが無い。
確かに、花の付け根に葉が無いですねぇ。

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2011年4月29日 (金)

山小屋通信(4/29)

連休初日、午後になって自宅を出発。沿道の景色は新緑がサクラ前線を追いかける様に、高度を上げている。
それでも標高800m付近から上は、未だ冬枯れの景色なのだが、それでもサクラの開花前線も900m付近に到達しており、連休中には満開を迎える模様。

道中の人出は、例年に比べると少なめかも。対向車のナンバーを見ると他府県ナンバーが少なく感じる。

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2011年4月24日 (日)

山小屋通信(4/24)

昨日は朝から夕方まで、台風みたいな風雨が止まず、お泊りを断念。日帰りでの山行きとなった。
道中のサクラ前線も完全に根羽村役場まで到達し、最前線は標高800m付近まで到達。山小屋付近での花見を迎えるのは、連休後半と予想される。

日帰り故に大きな作業は出来ないので、フキノトウを採りに高嶺山へ登ってみたが、なぁ~んと山頂直下ですらトウ立ちしているではないか。どうやら先週末あたりが採り頃だったらしい。
とはいえ、フキノトウは空振りだったが替りに、薪原木を発見。間伐作業が入った様で、掛り木で伐採されたものが多数。すかさずキューシキに積み込んだが、処理が甘い物が多いためチェンソーを持込まないと駄目だぁ。
と、この辺りで雲行きが一気に怪しくなり、雨が降り出した。まぁ、寒気が流れ込んで来ているので予想の範囲だ。

良く、「暑さ寒さも彼岸まで」と言われるが、これは海抜200m位までの比較的低高度の話で、冬物衣料を片付けるのは、サクラが開花するまでは待たないといけないと思う。実際、自宅近辺でも朝夕にコートが不要と思える様になるのは、サクラが開花した頃合いだもんな。

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2011年4月19日 (火)

届けたかったのは「ARIGATO」

東北関東大震災から一ヶ月余りが過ぎ、被災地でも小中学校での授業が再開されたとのニュースも流れて来た。
この間、我らが自衛隊はもとより、各国の軍隊からも災害派遣部隊が、被災地の援助任務に邁進しているが、その姿ががマスメディアにて報じられる事はまことに少ない。
そんな中で一つのニュースを見付けた。

仙台空港の復旧を手助けしたアメリカ軍に砂浜からARIGATOのメッセージ

名取市出身の青年が「なんとか感謝の気持ちを伝えたい」と、砂浜に刻んだ「ARIGATO」の文字。
「気付いてもらえなくても、自己満足でも良い」、それでも「伝わって欲しい」と刻んだ「ARIGATO」
その文字は 統合支援部隊 統合特殊作戦隊司令官 ロバート P. トス 米空軍大佐
の目で確認されていた。

ロバート P. トス 米空軍大佐のコメント 「"Thank You" is not necessary; U.S. forces honored to help reopen Sendai」(訳文です)

どんな想いで砂浜に文字を刻んだのかを知りたくなったが、記事中にはmixiへのリンクしかなかったが、絶対に誰かが転載してるんじゃないかと検索かけたら、しっかりとありました。

【閲覧推奨】Operation Arigato!! 「砂浜のARIGATO」の裏側

せっかく遠くから来てくれた彼らに、せめて写真でもいいから本来の姿を見てもらいたい
生まれ育った故郷、その変わり果てた姿へのやるせなさ、支援に来てくれた各国軍の人々に、本当の故郷の姿を知って欲しい。
軽かいな語り口とは裏腹に、思いの丈が行間から滲み出ている。押えても押え切れない故郷への想いが、砂浜に「ARIGATO」と刻まずにはいられなかったのだなぁ。

しかし、被災前の姿を披露したっちゅう事は、それを復興するって宣言しちゃった様なもんだからなぁ。
我々、被災しなかった者もしっかりサポートしてかにゃならんってこったな。

追記
このエピソード、ぜってぇ米軍の広報に使われると思うぞ。
いや、ハリウッド映画がパクルに違いない。(笑)

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2011年4月17日 (日)

山小屋通信(4/17)

奇麗に晴れ渡った空、今日は暑くなりそうな予感。日差しがポカポカと温かく、日向ぼっこでもして過ごしたくなる陽気だが、貧乏性なので「何かしなければ」と落ち着かない。(笑)

こういう時は、「薪狩り」に行くのが手っ取り早い。心当たりも有る事だし。
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「心当たり」に向かう途中で見付けた、キツツキによる穿孔跡。
直径は50mmほどかな。ちょっと位置が高くて、対比物を入れることが出来なかった。
深さは直径との比較で、100mm弱といったところか。キツツキについては、コゲラとアオゲラを確認しているので、アオゲラの仕業だと思う。ただ、アカゲラは直接、確認していないってだけなので、可能性が無い訳じゃない。

肝心の薪だが、シラカバとクヌギの直径50mmクラスが10本ほどと、クヌギの200mmクラスをゲット。クヌギ200mmクラスは重くて運べないので、斜面で玉切りして一つずつ運び上げる。時計を確認するとパン屋タイムが迫っていたのでここで打ち切り。


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今年もギョウジャニンニクが元気に目覚めて来た。
手前のプランターが、はるばる岩手から運んで来た親株。
この親株は「岩手・宮城内陸地震」の最中に運んで来たんだんだよな。
二つめと三つめのプランターは、その年に採取した種から発芽したもの。三年めだけど、親株に近い新芽を展開している。
その奥、茶色のは翌年に採取した種からの株。こっちはまだまだ小さくって、プランターの影になって写っていないが、元気に新芽を展開中。

帰り際、フキノトウを採取。天麩羅を食べたかったので、あまりトウ立ちしていないのを探すも、山小屋周辺では終り掛けで、ちょいと苦労するが何とか確保。
夕飯を食べに行った居酒屋で「お土産ぇ~」と渡して、天麩羅にしてもらった。

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2011年4月16日 (土)

山小屋通信(4/16)

昼過ぎに自宅を出発。道中のサクラ前線は、伊勢神トンネル手前(標高800m程)まで進んでいたが、武節町(標高600m程)では、車窓から見る限りではサクラの開花は確認できなかった。

山小屋着は17:00時頃だが、扉を開けると室内がホンノリと温かい。もしかすると自宅付近よりも、天候の回復が早かったのか?
荷物を下ろして、今期初の煙突掃除。横引き部分で煙突径の半分ほどが、煤で塞がっていた。それでも「ちょっと引きが落ちたかな?」な程度だったのは、外煙突を修理したからかな。掃除は\100均で購入したトイレ清掃用のブラシ。ガリガリにこびりついた煤だと厳しいかもしれないが、今回のはどっちかというとフレーク状の煤だったので、奇麗にこそげ落とす事ができた。

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2011年4月10日 (日)

山小屋通信(4/10)

朝から陽光が燦々と降り注ぎ、薄手のブルゾンでも暑く感じる程。

薪棚の本格的補修を試みるも、地表の凍結が解けてしまい、ジャッキアップが出来ない。ジャッキに敷板をかましても、薪の重さに負けてジャッキ・アップした分だけ、地面に沈み込んで行くぅ~~~
こりゃぁ、積替えして参号棚を空にしないと駄目だなぁ。問題は壱号棚にかなりの在庫が残っており、これの仮置場を確保しない事には作業出来ん。積み替えを行えば一時的ではあるが、参号棚に仮置きするか?しかし、参号棚も間もなく一杯になるので、仮置きは邪魔だしなぁ。それに現在は冬スケジュールで動いているので、作業時間が足らない。せめて金曜夜に山小屋入りのノーマルスケジュールに切り替えないと。

薪棚の補修の後は、薪原木の玉切り。チェンソーをぶん回すのはストレス解消になりますな。こちらはタンク半分程で処理終了。ちょっと物足りない量だった。

いつもの様に昼一でパン屋さんへ。ティーブレイクでの話題はご多分に漏れず、東北関東大震災と福島原発事故。被災地へ救援物資を届ける為に発送作業のボランティアをされているとの事だが、私が「そろそろ嗜好品も送る必要があるんじゃない」と問うと、「そうなんです。現地(石巻)とメールで必要な物資をやりとりしてるんですが、嗜好品のリクエストが増えて来ているんです」。「他にも、物資が足りているところと、足りていない所の差が激しいとかあって、それをどうやって解消したら良いのか判らなくて」とも。
実はこちらのお店から、被災地に住む知人へパンの発送をお願いしてあるのだが、宅配業者へ問い合わせても、着荷日が保証できないと回答して来るので、発送できていない。日保ちする物ならともかく、予想外に時間が掛れば傷んでしまうとあれば、見切りで送るのはゴミになるだけなので、悩ましいところだ。
ところで余震とみられる地震で被災した、長野県北部の栄村に対する支援は、概ね長野市のロジスティックで賄えるとの情報も頂いた。東北の被災状況が甚大すぎて、ろくに情報が入って来ないだけに苛立ちが募るばかりであったが、ほんの少しだけ胸のつかえが下りた。

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2011年4月 9日 (土)

山小屋通信(4/9)

今日はキューシキ(軽トラ)での移動なので、雨が止むのを待っての出発。荷台に荷物を積み込まなければならないので、雨の中の移動は無理ポ。
で、自宅を出たのは16:00時・・・・orz

温泉でNHKを見てたら、原発に関して面白そうな特集放送していた。う~ん、明日朝の出発にした方が良かったかもなぁ・・・


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2011年4月 3日 (日)

山小屋通信(4/3)

今朝は放射冷却で結構冷えた。朝のうちは奇麗な青空だったが、時間とともに雲が広がり、薄曇りに。
先週の作業で薪棚の問題が一応の解決を見たので、薪割りをすすめる事にする。この玉を処理しないと、次の玉切りが出来ないのでね。
地面の凍結も解けた様で、先週までの様な泥濘はなくなり、徐々に乾いてきている。まだ一部で霜柱が立つ様な処は泥濘んではいるけれど。
日差しは薄いものの風も穏やかで暖かい、薪割りをしているとTシャツ一枚で丁度良いくらいだ。冬季野戦装備は解除してもしても良いかな。

近所で二軒、建前が始まった。どちらもセルフビルドでログハウス。一軒はキットの角ログ、もう一軒はハンドカットの丸ログ。ハンドカットの方は丸太が搬入されて皮剥きの最中。剥いた皮を燃やしながらなので、カットには何時頃から入るのかな。角ログの方は昨日で土台回しが終り、今日はログ積を始めた模様。独り作業なので2ラウンドで終った様だ。

何気に覗いたギョウジャニンニクのプランターでは、三年生のギョウジャニンニクが早くも目覚めて、新芽を展開している。霜も降りただろうに、新芽には焼けた跡も無い。丈夫なやっちゃ。

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2011年4月 2日 (土)

山小屋通信(4/2)

昨夜の打上げ会で、ちょっと飲み過ぎたか、体調が今ひとつ。
午前中にキューシキを車検入庫の予定だったが、午後の入庫になってしまい、整備工場から帰宅してダッシュで、山小屋へ。
周囲にはフキノトウが顔を出して来ており、遅いながらも春の足音が近づいてきている。

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